2007年 4月 1日 (日) 

       

■ 〈賢治の歌〉711 望月善次 石原の真昼を並ぶ

 石原の
  まひるをならぶ人と百合
  碧目のはちはめぐりめぐりて
 
  〔現代語訳〕石原の真昼に並んでいる人間と百合。碧い色の目の蜂は、その周りを何度も何度も廻(まわ)っています。

  〔評釈〕「大正六年七月より」〔「歌稿〔B〕」〕百十一首中の五十二首目の「586歌」。「歌稿〔A〕」では「碧目」に「あをめ」のルビがある。「まひるをならぶ人と百合」の「ならぶ」からは、「人」と「百合」とを同列に置かないのが、多くの人の立場であろうから、話者の「百合」への好意的な視線を感じることができる。ハチに対して、「碧目のはち」と記しているところは、一首の中でも重要な指摘であるのだろうが、この「碧目」であることが、非常に一般的なことなのか、それとも極めて特異なことなのかが、(それがどちらかであるかによって、話者の感慨に対する受け取り方は、大いに異なるということは理解するのだが)、サッパリ見当もつかないところが「素人の悲しさ」である。

  (岩手大学特任教授)

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