山川の
すなに立てるわが百合に
蜂来て赤き蕊をになへり
〔現代語訳〕山の川の砂に立っている私の百合(ゆり)に、蜂が来て赤い蕊(しべ)を背負ったのです。
〔評釈〕「大正六年七月より」〔「歌稿〔B〕」〕百十一首中の五十三首目の「587歌」。「歌稿〔A〕」では、結句は、「花粉になへり」であった。結句は、「歌稿〔A〕」の形から「蕊を噛みたり」と推敲(すいこう)していたが、「噛みたり」の部分のみを抹消しているので、一応「蕊をになへり」が残る形となっている。残った形は別として、やはり「花粉」ならば「になへり」、「蕊」ならば、「噛みたり」が妥当なところ。作者への注文を続けると、第二句の「すなに立てる」の「字足らず」も気になるところ。連作として読むならば、前に置かれた「586歌」から、「山川」は「石
原」であり、「蜂」は「碧目」であり、次に置かれる「588歌」から「小蜂」となる。「わが百合」は、例の賢治的表現。
(岩手大学特任教授)
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