2007年 4月 3日 (火) 

       

■  〈賢治の歌〉713 望月善次 輝ける花粉をとりて

 かゞやける
  花粉をとりて飛びしかど
  小蜂よいかにかなしかるらん。
 
  〔現代語訳〕輝いている花粉を採って飛んだのですけれど、小蜂(ばち)よ、お前は、どんなに悲しいかと思うのです。

  〔評釈〕「大正六年七月より」〔「歌稿〔B〕」〕百十一首中の五十四首目の「588歌」。「歌稿〔A〕」とも行変え、句点以外に変わらない。「小蜂」は、次の「589歌」では、「こばち」となっている。「ど」は、「接続助詞」で、文法的な説明を加えれば「既に生じた事態を示し、後に続く事態がそれに反する関係にあることを示す。」〔『広辞苑』〕ということになる。短歌作者としては、この相反する前後にどうした表現を置くかが腕の見せどころ。「輝いている花粉」を採ったのだがら、その輝きに沿うべく、「明るい、愉快な心」が相応(ふさわ)しいのだが、どうしてもそう思えない話者がいる。表現が到達したレベルは別として、それは「漠然とした悲しみ」であり、「人間存在の根源の悲しみ」である。
(岩手大学特任教授)

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