2007年 4月 8日 (日) 

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉106 八重嶋勲 金策が困難、名誉もへちまもない

 ■158巻紙 明治37年9月19日付
宛 東京市本郷区向ケ陵第一高等学校寄
   宿舎中寮二番          
発 岩手県紫波郡彦部村
前略過般申越ニ依リ金弐拾圓送付シ(ス)、本日今午前八時三十分電報為替ニ而差立候、前ニ申置候通、目下之金束(策)容易ナラサル場合今更繰返し述フル敢テ必用(要)ナカルベシ、費途斗(計)算ヲ見ルニ前後ニスヘキモノアリ、又ハ間ニ合セ得ル品モ有之様ニ相見得候、
実ニ今回之困難之如キハ名誉モヘツ(チ)マモ社會之大□殖ヲ算膽シ層一層注意相成度候、
目下彦部村ニ赤痢病流行シ袰綿家内ニ四人、石名田ノ栃澤文之烝死亡シ、外寺澤ニ壱人アリ、蔓延之兆候アルニ依リ祝賀會モ祭典モ見合トナリ一体物相(騒)ニ候、
当月ヨリハ送金ヲ台帳ニ留メ置様被致候ニ付其許ニ於テモ日々計算記帳スル様可致候、
前回モ申述置候通学校ノ就学之都合順序ヲ立テ報導スベシ、右用事迄、早々
   九月十九日     野村長四郎
    野村長一殿
 
  【解説】「前略、過般申し越しの金20円を本日、今午前8時30分電報為替で送金した。前にも言った通り、今金策がとても容易でない。今さらあえて繰り返し申す必要がないだろうが、お金の使い方を見るに前後にすべきもの、また、間に合わせできる品などがあるように見える。

  実に今回の金策の困難などは名誉も、へちまもない、社会のルールも無視したような苦心惨澹(さんたん)をした。層一層お金の使い方に注意をしてもらいたい。

  目下彦部村に赤痢(せきり)が流行。袰綿家内に4人、石名田の栃澤文之烝死亡。外に寺澤に1人あり、蔓延(まんえん)の兆候があるため祝賀会も祭典も見合わせになった。一体物騒である。

  当月よりは、送金を台帳につけて置くようしてもらったので、そちらで日々計算記帳するようにせよ。

  前回も申したとおり学校の就学の都合を順序だてて知らせるようにすべし。右用事まで。早々」という内容。

  今回の金策には、社会のルールをも無視したような今までにないほどの苦労をしたという。その様子には涙ぐましいほどの心中が伝わる。

  また、役場の方は、村において赤痢が発生、流行し苦労している様子が分かる。この手紙の日付の「9月19日」は、あたかも大巻集落の鎮守堤島神社の秋祭りの日。赤痢の発生で祭典も取り止めとなったという。今でも、不作の年や災害等集落全体にかかわる不幸があった場合は祭典を中止している。

  この年の9月、長一は、東京第一高等学校の試験に見事合格し入学。もちろん長一希望の法科であった。22歳。住所もこの手紙から、東京市本郷区向ケ陵第一高等学校寄宿舎中寮二番、に変わっている。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします