【解説】天下分け目の戦いと称される夏の参院選に加え、岩手では同時に行われる衆院1区補選でも前哨戦と位置付けられる統一地方選。前半戦の知事選、県議選における自民対民主の与野党対決は、民主が勝利を収め、民主王国岩手を改めて県内外に印象づけた。
知事選では12年ぶりの新知事が達増氏に決まった。陣営は告示前から「圧倒的勝利を」と声高に叫んできたが、陣営の中で圧倒的勝利の目安としてきた過半数の得票、ダブルスコア以上の大差を付けたことで目的を果たした。一部には45万票の得票が条件に挙げられ、その目標も達成した。
達増氏の圧勝を招いた大きな要因は外部にもあった。自民の候補擁立をめぐる迷走だ。発端は現職を4選出馬と見誤ったところにさかのぼる。早々に現職の不支持を明確にした民主に対し、自民は党が主体的に取り組むと述べるにとどめ現職を視野に入れた。
そこに「自民党にとって最強の候補」(玉沢徳一郎県連会長)の達増氏の出馬表明がもたらされ、県連幹部や党本部の中には勝てる候補は増田氏の認識が広まり、急接近していった。党本部の幹部や現職大臣の力も借りて「触りっぱなし」(玉沢氏)だった増田氏は同10月30日、急きょ記者会見して不出馬を表明した。
その後、混迷ぶりを露呈した自民。知事選は県議選や国政選挙への影響も大きく、不戦敗は回避しなければならなかったが、独自候補を立てられないまま年が明けた。1月、稲葉暉・一戸町長ら県内の一部の市町村長が柳村氏に出馬を促し、同党筋も動いて実現。柳村氏は市町村長らと政策を練り、告示前は稲葉町長が代表となり設立した新しい県政を創造する会を母体に街宣活動に駆け回った。
当初、政党へは非民主の結集を唱え自民、公明、社民に推薦要請したが、結果的に自民が推薦しただけ。自民も実働部隊に国政選挙候補が加わり、鈴木俊一衆院議員ら国会議員2人、同党県議候補との連動を図った。しかし、柳村陣営は基軸を市町村代表に置いたことで、結果的に自民の中途半端な関与にとどまった。陣営がにらんだ自民支持層の基礎票を固め、国政とのパイプを強調しながら、民主勢力の伸長に対する懸念を持つ層への支持拡大は、勝負する前提となる自民支持者への浸透の段階で苦しむ結果を招いた。
自民は身内に甘くなることなく厳しく総括し、立て直しを図ることなしに夏の陣への必勝態勢は組めないだろう。
(井上忠晴記者)
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