2007年 5月 10日 (木) 

       

■  〈あのころぼくはバンドマンだった〉50 北島貞紀 ウレセンバンド結成

  ■ 1981年

  「センセイ、相談があるんですが」

  3月ほど前から、僕の生徒になったトシ君が、レッスンの終わりごろに遠慮がちに言った。

  「えぇよ、次の時間まであいてるから」

  「ここではなんですので、どっかでコーヒーでもどうです?」

  確かどこぞの大学の4回生のトシ君は、ポップスバンドのボーカリストで、ボイストレーニングと歌の領域を広げたいといってビッグジムにやってきた。

  場所を変えて、席につくと話をきりだした。

  「今度、新しいバンドを結成します。もうメンバーは決まってます」

  「ほーう、どんなバンドや」

  「ウレセン(売れ線)を狙ってます。女の子とツインボーカルで、バンドとして売ります。わたし、じき卒業ですが、これにかけるつもりです」

  「それで、相談っていうのは?」

  「センセイに、このバンドに入ってもらいたいんです!」

  結成前から、いくつかのプロダクションに声をかけて、仕事もいくつか入ってきているらしい。トシ君は、現在も学園祭等で仕事をこなしていて、まったくの素人ではない。だからこの新バンドを結成するという意味は生半可ではない。

  「センセイのギャラは保証します」

  そうトシ君は言うが、それはおそらく無理だろう。1カ月、2カ月は可能だろうが、そう簡単にバンドが売れるものではない。ライブを重ね続けてチャンスを待つ。そのためには夜のハコをやめなければならない。ライブのチャージバック(ギャラ)など高が知れている。たとえ全額を僕一人がもらっても、今の仕事のギャラに追いつかないだろう。

  即断も即決もできなかった。とりあえずメンバーに会って、それぞれの力量や将来性を見ることにした。今度の日曜日に、そのメンバーでミニライブをやるのでそれを見に行くことになった。

  会場は、立見で100人入ればいっぱいという広さで、7割方の入りだった。ただその客が高校生から20歳前後に限られていて、僕は完全に場違いというか、保護者のようなものだった。

  ビートの合わないパンクバンドが2曲やると、女の子のフォークデュオが出て、いよいよトシ君のバンドだった。今日のメーンバンドらしく、楽器のセットが始まると、会場の雰囲気が盛り上がってきた。もうそこそこの人気はあるらしい。

  ギター、ベース、ドラム、キーボードをバックにトシ君が山下達郎のバラードを歌った。高音の音程がちょっとふらついたが、まずまず聴かせる、バックもそつなくこなしている。

  「ワン、ツー、スリー、フォー」トシ君のカウントに続いて、ベースがチョッパーで入りドラムがリズムを刻みだした。トシ君の横に立っていた白のフレアスカートに薄いピンクのセーターの女の子がマイクを持った。整った顔立ちに、あどけなさが残っていた。

  (ミュージシャン・株式会社ショップボックス相談役)著者ホームページhttp://www.smilecats.com/

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします