■ 〈胡堂の父からの手紙〉111 八重嶋勲 なるべく1日も早く帰るよう
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■163はがき 明治37年11月24日付け
宛 東京市本郷区第一高等学校寄宿舎中
寮二番
発 岩手県紫波郡彦部村大巻
彦部宮田分家佐藤善左エ門(岩手獣医学校卒業)一年志願兵ニテ第三師團(名古屋)向ケ明廿五日午后五時四十五分当地出発、東京ニ廿八日迄滞在ノ筈第一高ヘ尋ヌル哉モ難計其際ハ案内等可致候右通知候也
【解説】
「彦部の宮田分家の佐藤善左エ門(岩手獣医学校卒業)が一年志願兵で第三師団(名古屋)へ向け、明二十五日午後五時四十五分こちらを出発、途中東京に二十八日まで滞在のはず。第一高等学校へ長一を訪ねるかもしれないのでその際は案内等をするように。右通知をする。」という内容。
父は、彦部村長であるので、村内の動きや様子をよく見ており、村内から上京する者、立ち寄る者の案内をするよう、長一にしばしば指示するなどして、いろいろと気を遣っている。
■164巻紙 明治37年12月15日付け
宛 東京市本郷区第一高等学校寄宿舎中
寮二番
発 岩手県紫波郡彦部村大巻
前略曽テ申越之外套ハ早晩必要ナルモノト被存候得共目下諸事困難之場合ナルヲ以テ冬休后ニ於テ購求之都合モ可相之付漸次見合セラレ度候、
曽テ申越置候筈みき事木村昌太郎氏ノ治療ヲ得居候処日増快方之趣キ此分ニテハ二三週間位ニシテ或ハ全治スルナラント□□被致候、
帰村ノ際ハ可相成一日モ早ク夜具除クノ外衣類書類等ハ悉皆持参候様可致候、金員ハ可相成諸事ニ節減ヲ加ヘラレ候様被致度可相成額ハ四五日前ニ申越候様相成度候、右用事迄、早々
十二月十五日 野村長四郎
長一殿
【解説】
「前略かつて申し越しの外套(がいとう)は早晩必要なものと思うが、今諸事困難な場合であるので冬休み後に買い求める都合もあるのでしばらくの間見合わせするようされたい。
かつて申しおいたみきの事であるが、日詰町の木村昌太郎医師に治療をしてもらっているが、日増しに快方の趣きでこの分では2、3週間位であるいは全治するだろうと思われる。
帰村をする際は、なるべく1日も早く帰るように。夜具を除く他は衣類、書類等はことごとく持ち帰るようにせよ。お金はなるべく諸事に節約するように。帰りの汽車賃など必要額は、4、5日前に申すようにせよ。右用事迄。早々」という内容。
一高に入学して、初めての冬休み。経費節約のため出来るだけ早く帰ってくるように指示している。
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