2007年 5月 13日 (日) 

       

■  〈賢治の歌〉749 望月善次 さだめなくわれに燃えたる

 さだめなく
  われに燃えたる火の音を
  じつと聞きつゝ
  停車場にあり
 
  〔現代語訳〕私に向かって一定ではなく燃えている火の音を、じつと聞きながら、停車場に居るのです。

  〔評釈〕「大正六年七月より」〔「歌稿〔B〕」〕百十一首中の八十六首目の「621歌」。「歌稿〔A〕」とは、行変え、句点以外の変更はない。初句の「さだめなく(一定しない、落ちつかない、無常である。)」〔『広辞苑』〕は、理念的には、第四句「聞きつゝ」や結句の「停車場にあり」に掛かることが考えられるが、一首全体の意味から「燃えたる」に掛かるものだとした。停車場(の待合室などであろう)において、盛んになったり、トロ火になったりする火(ストーブの火などであろうか)の音を一心に聞く話者がいる。停車場における「火」は、客観的に言えば、もちろん話者のために燃やされているのではない。それを「われに」と感ずるところから、「作品的世界」は始まるのである。
(岩手大学特任教授)

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