冴えわたり
七つ森より風來れば
あたまくらみて
京都思ほゆ。
〔現代語訳〕(空は)冴(さ)え渡り、七つ森から風が来たものですから、頭が判断力がなくなって、(急に)京都のことが思われたのです。
〔評釈〕「大正六年七月より」〔「歌稿〔B〕」〕百十一首中の八十七首目の「622歌」。「歌稿〔A〕」から、行変え、句点以外の変更はない。「くらむ」は「くらし」の類語。「くらし」は、「クラシ(暮)と同根。明(アカシ)の対」とされる語。そこから、抽出歌に該当する「判断力がなくなる」の意味も生ずることになる。「判断力がなくなる」のは、運動で言う「脱力感」のようなものだから、ある意味では、その後の思考・行動のための基本動作のようなもの。抽出歌では、ここに、話者も思いがけなかった「京都」が浮上する。一九一六(大正五)年三月一九〜三一日に行われた修学旅行の中に京都が含まれていたことを指摘するだけでは仕方がないことは、言挙げするまでもないことである。
(岩手大学特任教授)
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