疾みたれど
けさはよろこび身にあまり
そらもひとらもひかりわたれり。
〔現代語訳〕病んでおりますけれど、今朝は喜びが身にあふれる思いです。(それに対応するように)(天の)空も(地上の)人たちもみな一面光に包まれています。
〔評釈〕「大正六年七月より」〔「歌稿〔B〕」〕百十一首中の八十九首目の「624歌」。「歌稿〔A〕」には、「疾みたれど/けさはよろこび身にあまり(あまれば)/そらもひとらも(そらにひとらに)ひかりわたれり。(あまねし)のいくつかの形があり、他に「みそらもひともなみだぐましき」と読める書き入れもある。明示的に示した話者の感情を客観的な自然描写によって支え、効果を発揮させるのは、短歌における常套(とう)的な手法の一つ。抽出歌に即して言えば、第二・三句の「よろこび身にあまり」が、感情の明示となり、第四・五句の「そらもひとらもひかりわたれり。」がそれを支える自然描写ということになる。こうした操作により、自然描写の部分も感情の側に取り込まれるのである。
(岩手大学特任教授)
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