2007年 6月 3日 (日) 

       

■  〈賢治の歌〉770 望月善次 ここはこれ惑う木立の

 ここはこれ
  惑ふ木立のなかならず
  しのびをならふ
  春の道場。
 
  〔現代語訳〕ここはまあ、(私が道を)惑っている木立の中などではありません。忍耐を習う春の道場なのです。

  〔評釈〕「大正六年七月より」〔「歌稿〔B〕」〕百十一首中の百七首目の「641歌」。「歌稿〔A〕」では、「こゝは」、「習ふ」など、繰り返し符号や漢字表記に相違があった。何と言っても(その想定自体も架空なものだとの解釈の余地もあろうが)道などに迷った「木立のなか」を「しのびをならふ春の道場」だとする「見立て」が、一首の特徴。「木立のなか」を「しのび(忍び・忍耐)をならふ春の道場」だとするところが、賢治的であると共に、「忍耐道場」の固いイメージを嫌う読者も想定される。芸術技法の一つである「見立て」〔『広辞苑』〕を使用していること自体が技巧的で、賢治短歌が素朴のみでなかったことを示しているが、「ここはこれ」の初句の歌い出しもなかなかのもの。
(岩手大学特任教授)

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