■168巻紙 明治38年2月10日付
宛 東京市本郷区第一高等学校寄宿舎中
寮二番
発 岩手県紫波郡彦部村
前略愈々無事通学之由大慶ニ候、当方何之異状ナクみき事モ日増全治ニ趣キ旧十二月廿八日ニ養家ニ帰旧正月二日年始泊リニ参リ五日ニ帰家致候、薬用ハ尚致居候得共二三日シテ中止スル見込ニ有之候、きく江ノ腫物モ余リ全治遅キ故尚又旧正月二日ニ切断シ洗條セシ結果速効アル様子ニ有之候、申越之金員不日送金可取計目下困難故延引罷在候、
佐比内ノ叔父高橋春吉殿召集令ニ接シ来ル十六日郷里出発、一先青森ニ入営スル事ニ相成居候、実ニ家事向又老母之心傷思ヘ(ヒ)ヤラルゝ次第ニ候、
当村ニハ未タ出征者中死傷者壱人報導ナシ、然レ共不日ニシテ報導ニ接スルナラント心傷罷在候、
学資送金ニハ毎度困難ヲ極メ殊ニ他ノ学生ヨリ多額ヲ費消スル様ニ被考候ニ付金員請求スル場合ハ以前送金ニ対スル支弁種目詳細取調送付相成度、爾来其支弁向一括ニシテ保存スル見込ニ有之候、
画ノ依頼ニ應スルモ良シ、文章書クモヨシ、手紙等ニ見悪キ文字数多アリ、一層注意スル方可然候、(菊)氣、(浅)儀、(自専)自愛、(庭)庭、可相成讀ミ易ク改ムル方可然候、
菊江ニ折節かながきの手紙送付セシナラ如何ナルヤ、同人ヲシテ返書ヲ認ムルノ誘導ニモ大ニナルベシ、
野村豊吉ヨリ住所ヲ尋子(ネ)ラレタル事アリ、定メテ学校ニ尋子(ネ)シナラン、寺田賢治ハ如何アリシヤ、作山定三ノ隊名ハ左ニ第八師團歩兵第五聯隊補充大隊第三中隊乙号二班ニアリ、又同人ノ教官ハ南部小枝ナル人之由、是又書面差出シモ可然候、
尚ホ中野ノ伯父入営隊名ハ追而通知スル事ニ候、
画名ハ兎ニ角文章ハ実名ヲ記スル方可然ト被考、如何ニヤ、右用事迄、早々
二月十日 野村
野村長一殿
【解説】「前略、いよいよ無事通学とのこと大慶である。当方何の異状もなく、みきも日増し全治に趣き、旧12月28日に嫁家に帰り、旧正月2日年始泊まりにきて5日に帰っていった。薬は今なお用いているが、2、3日でやめるようである。きく江の腫物も余り治りがたいので、なおまた旧正月2日に切開して洗浄した結果、速効ある様子である。申し越しの金員近い内に送金しようと金策しているが、目下困難しているため延びている。
佐比内の伯父高橋春吉殿(長一の母の実家、屋号中野)も召集令に接し、来る16日に郷里を出発。ひとまず青森に入営することになっている。実に家事向き、また老母の心傷思いやられる次第である。
当村にはいまだ出征者の中で死傷者一人も報道がない。しかしながら近い内に知らせが来るのではないかと心傷している。
学資送金には毎度困難を極め、ことに他の学生より多額を費消するように考えられるので金員請求する場合は、以前送金した金員の使った種目を詳細に取り調ベて送付せよ。これからもその使い道を一括して保存しようと思っている。
画の依頼に応ずるもよし、文章書くもよいが、手紙等に見苦しい文字が数多くあり、一層注意すべし。(菊)氣、(浅)儀、(自専)自愛、(庭)庭などなるべく読みやすく書き改めるようにせよ。
菊江に折節かながきの手紙を送付したらどうか。同人が返書を書くよう大いに誘導になるであろう。
野村豊吉より住所を尋ねられたことがある。きっと学校に尋ねたことであろう。
寺田賢治(近衛兵)はどうしているか。作山定三の隊名は、第八師団歩兵第五聯隊補充大隊第三中隊乙号二班である。また同人の教官は南部小枝という人とのこと。これまた手紙を出すのもよいだろう。
なお、中野(屋号)の伯父(長一の母の実家)入営隊名は追って通知する。
画名はとにかく文章は実名にする方がよいように考えられるがどうか。右用事まで、早々」という内容。
この年1月2日旅順開城、乃木・ステッセル水師営で会見。1月25日黒溝台会戦、ロシア軍退却など戦局激化。召集令などが続々届き村も慌ただしい。
長一は、待望の一高入学で父から絵も文章も書くことが解禁された。ただし文章のときは実名の方がよいなどと注文がついている点が面白い。
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