2007年 6月 5日 (火) 

       

■  李登輝氏が新渡戸記念室を見学 盛岡市先人記念館

     
  吉丸館長の案内で新渡戸の記念品に見入る李氏  
 
吉丸館長の案内で新渡戸の記念品に見入る李氏
 

 盛岡市先人記念館では、さんさ踊りの歓迎の中、谷藤裕明盛岡市長、吉丸蓉子館長らの出迎えを受け、新渡戸稲造記念室を見学した。新渡戸を顕彰した「武士道解題」の著書がある李氏は、かつて台湾総督府の技師として農業発展に尽くした稲造の面影をしのんだ。

  記念室に入った李氏は、展示品の新渡戸の机に腰を下ろしてサインしたり、肖像と対面して先人の息吹に触れた。

  新渡戸は1901年に台湾総督府技師、糖務局長として現地の農業振興に尽力し、植民地時代の台湾の殖産に尽くした。米内光政記念室も見終えた李氏は「分からないことが一つある。岩手県からなぜこうも偉い人がたくさん出たか。後藤新平と新渡戸稲造、原敬と米内、こんなに沢山なぜ出たのかを地政学的にも学術的にも勉強する必要がある。こういう記念館があるのは素晴らしい。若い人に見せて21世紀を導くリーダーを作らねばならない」と岩手県民へのメッセージを発した。

  李氏は松尾芭蕉に造けいが深く、長年にわたりみちのくの旅路を望んでいた。宮城県、山形県から「奥の細道」を訪ねてきた李氏は「半分くらいしか見ることができなかったが、道筋から環境を見ると芭蕉が苦労したことが思われ、思い出して台湾に帰って勉強したい。歌枕の場所は見ることができた。本当に彼らの苦労をしに、じっくり時間をかけて歩いてみたい。芭蕉を通して見えるのは日本文化の特徴。日本精神が文化に入っているが、日本人が自然との調和を文化に取り入れているのは大きな特徴だし、外国にないことだ。日本のその美学を建築などに再現しようとしているのは貴重なことだ」と感想を述べた。


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