2007年 6月 9日 (土)
■ 〈賢治の置土産〉岡澤敏男 霊山に接触した賢治
「巨なる人のかばねを見んけはひ」と賢治が歌った御蔵石
■霊山に接触した賢治
中学2年の6月、岩手山に初登山をしたときの賢治の短歌は、すそ野の風景のスケッチや登山の途中でへばってしゃがむ阿部孝を「ガマ仙人」に比喩(ゆ)して揶揄(やゆ)するなど、ずいぶん無邪気なものでした。
ところが同じ年の9月、2度目の登山をしたとき、賢治は明らかに岩手山に何かを感じたらしい。身の毛がよだつような短歌を詠んでいます。
・巨なる人のかばねを見ん
けはひ谷はまくろく刻ま
れにけり
今回も夜行の登山で、たいまつをかざし尾根を伝っていったのでしょう。ふと目の前に「巨(おおい)なる人のかばね」の気配を感じたのです。
この〈巨人〉とは6合目にある御蔵石の巨岩だったと思われます。御蔵権現が顕現(けんげん)するという岩なので、日中に登山する際も何やら霊気を感じる霊地(拝所)なのです。暗闇に佇立(ちょりつ)する御蔵石に「巨人のしかばね」を見たような気配を感じた賢治は、たいまつの火で右方をうかがえば、そこは浸蝕された谷が深々とえぐられ黒く沈黙していたのでした。初めて触れた霊山の姿でした。
登頂を果たした賢治たちは、9合目の不動平からお花畑コースをとって網張温泉に向かって行きました。
お花畑コースとは、鬼が城、屏風(びょうぶ)尾根を外輪山とする西岩手火山カルデラに形成された火口丘を通るものです。火口丘にはお釜・お苗代とよぶ二つの火口湖が並んでいて、お苗代湖は湖岸がゆるやかな馬てい形をして水深は浅い。
それに対して円錐(すい)形のお釜湖は湖岸が断崖をなし水深も深い。湖水は瑠璃(るり)色をたたえ「物凄(ものすご)いほど幽邃(ゆうすい)な感じを与える」と登山書にもみえます。賢治たちはこのお釜湖のほとりで休憩したのでしょう。つぎの4首はそのときの短歌です。
@いただきの焼石を這う雲
ありてわれらいま立つ西
火口原
A石投げなば雨ふるといふ
うみの面はあまりに青く
かなしかりけり
B泡つぶやく声こそかなし
いざ逃げんみずうみの青
の見るにたへねば
Cうしろよりにらむものあ
りうしろよりわれらをに
らむ青きものあり
賢治は、このお釜湖でまた霊山と接触したのです。険しい峰の岩場(磐座・いわくら)や山頂にある池を霊地とするのは各地の霊山に共通するもので、岩手山の御蔵石も火口湖もそうした霊地でした。
霊地には必ず禁忌(きんき・タブー)があり、Aの火口湖に「石投げなば雨ふる」もそのタブーの一つなのでしょう。賢治と同行した生徒の誰かがこの禁を犯して湖面に投石してしまったのです。湖面に広がる泡を見ながら、霊山の怒りの「青くかなしむ」まなざしを、それからずっと賢治は背後に感じていたのです。それがBCの短歌です。
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