2007年 6月 9日 (土) 

       

■ 〈賢治の歌〉776 望月善次 白光の暮れ空に

 白光の暮れぞらに立ちて
  その青木
  ひたすら雨に洗はれて居り。
 
  〔現代語訳〕白く光る暮れ方の空の中に立って、その青木は、ひたすら雨に洗われています。

  〔評釈〕「大正七年五月より」〔「歌稿〔B〕」〕五十首中の二首の「647歌」で「薄明の青木」六首の二首目でもある。「歌稿〔A〕」では、第二句の「暮れぞら」の表記は「暮れ空」であった。「白光の暮れぞら」とあるから、雨が降っているのにもかかわらず、空は暗くはないのであろう。「薄明の青木」であるから、改めて「青木(アオキ)」に触れると、ミズキ科の常緑低木。冬に赤い実をつけることでも知られるが、ここでは、もちろん冬のアオキではない。「暮れぞら」であるから、「薄明」も朝方ではなく夕方のそれで、この時間帯は、賢治をいろいろな思いに誘う時間帯。平凡な表現だとする意見もあろうが、結合比喩(ゆ)「その青木/ひたすら」の「ひたすら」が、やはり賢治らしい表現である。
(岩手大学特任教授)

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