2007年 6月 14日 (木) 

       

■  〈あのころぼくはバンドマンだった〉55 北島貞紀 ミッキー吉野に脱帽

  ■1981年

  大阪ミナミの「ルイ」からオーファーがきて、セブンス・アベニューは、ルイのハウスバンド(専属)になった。ルイは、若者向けライブハウスで、元GSのアイドルだったアイ高野が店長をやっていた。アイ高野は、竹田和夫が率いるクリエーションと組んで「ロンリーハート」をリリースしたが、それにボチボチ火がついて、その活動に専念するようだった。そんな裏事情だったと思うが、僕たちはアイ高野の後釜として入った。

  セブンス・アベニューの面々は張り切った。もともとトシ君たちは、ここ心斎橋にあるスタジオを拠点にしていた。そこに出入りする音楽好きの若者たちの間で、トシ君はリーダー格で、憧(あこが)れの存在でもあったようだ。

  「こんばんは、セブンス・アベニューです!」

  「トシさぁーん!」

  「祥さぁーん、がんばって!」拍手に交じって声が上がる。

  「ファンはありがたいね、特に固有名詞で呼ばれると」

  「ホント、なんかスターになった気分」

  曲と曲の間をつなぐおしゃべりを、MC(エムシー)と呼ぶが、トシ君と祥の掛け合いもさまになってきた。ステージでは、このMCが結構大切なのだ。

  大阪のど真ん中、少しは名の通った店のハウスバンドということで、僕たちのテンションもあがっていった。

  ルイには、ロック系のプロのミュージシャンがよく出入りしていた。気が向くとステージにも上がった。ムッシュこと、かまやつさんは、見てのとおりの気さくで楽しいナイスガイだった。周囲の客に請われてステージに上がってくると、長髪でメガネをかけている僕を指差して、

  「おっ、ジョン・レノンがいるじゃないか。ジョン元気?」といって客を笑わせた。

  ある日のこと、演奏途中で客席がどよめいた。こういうときは、たいがいビッグアーティストが顔を出したときだ。顔を上げてそちらを見ると、やけにでかい3人が目に入った。

  一人はすらっとした外人、その隣に貫禄のある体にサングラスと帽子、なんとミッキー吉野だった。「モンキーマジック」「ガンダーラ」が大ヒット中のタケカワ・ユキヒデとゴダイゴのリーダー。

  かつては伝説のGSバンド、ゴールデンカプスにも在籍した、ロック界では神様扱いの人だ。そして、あとの二人もゴダイゴのメンバーだった。

  彼らはステージに上がってくれた。大柄なミッキーが、僕のフェンダーローズの前に座ると、楽器がおもちゃのように見えた。ミッキーが手を上げて、合図を送るとトミー・スナイダーの切れのいいドラムソロがスタートした。僕は、ミッキーの真横で、彼の指先を見つめていた。彼の指の動きは、まさにマジックだった。そして、フェンダーローズから出てくる音は、僕の楽器を使っているとはとうてい思えなかった。僕は、深いため息をついた。

  (ミュージシャン・株式会社ショップボックス相談役)著者ホームページhttp://www.smilecats.com/

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