■ 〈胡堂の父からの手紙〉118 八重嶋勲 われら老夫婦は長子の居住地に老後を
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■172はがき 明治38年3月30日付
宛 東京市本郷区第一高等学校寄宿舎東
寮四番)
発 岩手県紫波郡彦部村
前畧來ル二日迄二口送金可取斗(計)ニ付了知スベシ試験之情況報セヨ
三月三十一日 野村長四郎
【解説】「前略、来る2日までに20円送金するよう取り計っているので了知するように。試験の様子を知らせよ」という内容。
ようやく金策の見込みができたのであろう、送金の予告である。試験の状況の報知せよと、いつもながら忘れない一言。
■173半紙 明治38年4月8日付
宛 東京市本郷市台町十九番地三州館止
宿
発 岩手県紫波郡彦部村
前略愈々強健励学之由、先以テ大慶ニ存候、当方別ニ変リタル事モ無之、ミキ、キクエ、モ悉ク全治、老母達モ殊ノ外壮健ニテ相凌キ居候、
曽テ申遣置候改撰(選)モ目下ノ形状ニテハ多分再撰(選)ナラント想ヘ(ヒ)居候、
キクエノ事ハ申迄モ無之、我意志勿論左社ト明察セシ如ク存居候、之レ即チ家事不如意ヨリ起因シ家計上意(位)ノモノニ非サレバ如何様ナル良不縁アルモ一代ニシテ完全ナル家庭ヲ改良シ、完全ナル目的ヲ達シ(ス)不能モノト数十年前ヨリ期シタル事ニ候、併(カ)シナ(カ)ラ(ろ)実業手ナル嫁即キクエヲ得レヤコソ今日生斗(計)ヲ立(テ)、学資ヲ送クル事モ出来タルモノゝ之レカ五三年后ニ於テ目的ヲ果シ立身セシ場合ニ於テ相應ナル良妻ヲ得ントスルニ於テ目下ノ農業誰人ニナサシメサラ(ル)ヤ、母獨リアルノミ、雇人置クモ一年六七拾円費シ、其監督スルモノナキニ於テ是又如何トモナス不能ルベシ、
今回村長改撰(選)ニ際シ我人モ學費ノ出所ノ為メ心痛シ、傍ラ反対者ハ妨害スルモノナリ、又其事ナルカ故日下善作ノ如キ晝夜ニ運動シ、略等勢カヲ得タル次第ニ候、如此不満足ニモキクエノ為メ得ル処アレバ子ニ学業セシム(メ)ル事出来得ル次第ナリ、彼レ是ヲ想フ時ハ上意(位)ノ家庭アル事ヲ不知、地方人ハキクエノ地方女子ニ異ナリ其性行、其家事上精勤等実ニ言分ナキノミナラス賞サレツゝアリ、其意実ニ憫然ニ候、其丈ハ断念シ必(ラ)ス異状等ナキ様父母ニ免(シ)家政上不止得モノト断念セラレ度候、尤モ家事ノ都合宣敷ハ今ヨリ盛岡ニ一二年モ裁縫兼見習修行サシ(セ)ルモ大ニ希望スル処ニ候得共是又家政ノ免(レ)サル処実ニ残念ニ候、如之他日目的ヲ達シタル暁(キ)此彦部村ニ居住スル事モ出来サル事ナルベシ、然ル時耕次郎、章ノ内テ当家ヲ相續サセ、我(レ)等老夫婦ハ長子居住地ニ老ヲ養フ事ニ可相成ト今ヨリ想像罷在候、其邊ハ帰郷ヲ待ツ(チ)親敷(ク)相談スル事ト可致候得共、目下耕次郎ヲ他人ノ養子ニ媒サレ居ル事モ有之、且ツ同人ニ学問修業ノ目的モ可有之ト考居候、
送金方ハ別ニ不当ノ請求等迄被存次第ニ候得共、如何共金束(策)方ニ困難、殊ニ目下時局貸借絶無ノ状形ナリ、授業料ノ如キヲ加ヘテ月拾七八円ト被存居候、然ルニ一月以降月弐拾円以上送金セシニモ不拘、四月ニ於テ多額之金請求サルゝ様之事ニテ実ニ当惑ノ次第ニ候、過日送金ノ如キハ五十円ノ國庫債券一口丈加入致居候、未払込ニモ不拘四十弐円ニテ日詰銀行ニ賣却シ四拾円送金、弐拾三円上納、今回ノ運動費即チ議員ニ寄會費拾円以上費消シ、目下皆無ニシテ算段ニ困ス(シ)居ル次第、兎ニ角明日中十円ハ送金スベシ、残不足分ハ不日送金スル事可致置候、六月帰郷ハ何日頃ニナルヤ序テニ一報スベシ、今回佐藤庄兵衛ト亀ヶ森ノ菊他トヤラ、一ノ関中学卒業シテ第一校入学ノ見込ミナルモ今徴兵検査ヲ避クル為メ何学校資格アル学校ニ入学センカト明九日出発上京スル筈ニ候、或ハ相尋ヌル哉モ難斗(計)、然ル時何分取持、便ヲ与ヘ候様可然候、
今回ノ試験ノ景況ト生徒間ノ資格信用等序ニ報導可相成候、余者後便ト申残、早々
四月八日 野村長四郎
野村長一殿
【解説】「前略、いよいよ強健励学とのこと、まずもって大慶である。当方別に変わったこともなく、ミキ、キクエも腫れ物がすっかり全治し、老母たちもことのほか壮健で暮らしている。
かつて申した自分の村長改選のことだが、目下の様子では、多分再選されると思っている。
キクエ(長一の妻)の事は申すまでもない。われの意志はもちろんで明察の通りである。これ即ち家事の思いのままにならないことが起因している。家計が上位でなければいかような良縁であっても一代で完全な家庭に改良し、完全に目的を達することができないものと数十年前より思っていたことである。
しかしながら、実業手である嫁、即ちキクエを得たればこそ今日生計を立て、学資を送くることも出来たものの、これが5、3年後に目的を果たし立身した場合に相応な良妻を得んとするにおいては、目下の農業は誰にやらせようというのか。
母一人のみであり、雇人を置けば1年6、70円かかり、その監督をする者もない場合はどうすることもできない。
今回村長改選に際し、われは学費の出しどころのため心を痛め、かたわら反対者の妨害があり、そのため日下善作(長一の妻キクエの実家)が昼夜運動し、ほぼ勢力を得た次第である。このような不満足な状態の時にもキクエが頑張ってくれているため長一に学業させることができるのである。地方人はキクエが地方の女子と異なり、その性質、行いがよく、その家事上の精勤等は実に言分がないのみならず、ほめられており、その心が、実にあわれである。それだけは断念し、必らず異状等のないよう父母に免じて、家政上やむを得ないことと断念してもらいたい。もっとも家事の都合がよいならば今から盛岡に1、2年も裁縫兼見習の修行をさせるのも大いに希望するところであるが、これまた家政免れられないので、実に残念である。
長一は、将来目的を達した暁に、この彦部村に居住することもできないであろう。その時は耕次郎か章に当家を相続させ、われら老夫婦は長子(長一)の居住地に老後を養うことになろうと今より想像している。
その辺は帰郷を待って親しく相談しようと思っているが、目下耕次郎を他家へ養子にという話があり、かつ同人に学問修業の目的もあるだろうと考えている。
送金の方は、不当の請求等までとは思うが、いかんとも金策方に困難、ことに目下の時局で貸借絶無の状態である。授業料のようなものを加えて月17、8円と思われる。しかるに1月以降月20円以上送金したにもかかわらず、4月において多額の金を請求されるようでは、実に当惑の次第である。過日送金のごときは50円の国庫債券1口だけ加入していたが、未払込みにもかかわらず42円で日詰銀行に売却し40円送金、23円上納(税金等)、今回の選挙運動費、即ち議員の寄会費10円以上費消し、目下皆無であり、算段に困難している次第である。とにかく明日中に10円は送金しよう。残り不足分は近い内に送金することとする。6月帰郷は何日頃になるや、ついでに一報せよ。
今回佐藤庄兵衛と亀ヶ森の菊他とやら、一関中学を卒業して第一高等学校入学の見込みであるが、今徴兵検査を避けるため何学校か資格ある学校に入学しようと明9日出発上京するはずである。あるいは尋ねるかも知れない。その時は何分取り持ち、便を与えるようにせよ。
今回の試験の景況と生徒間の資格、信用等をついでに報導せよ。余は後便に申し残す。早々」という内容。
長一の妻キクエが農業の勤勉な働き手として家を守ってくれており、そのおかげで長一への学費も送れるのである。外に目をくれることなく、キクエを認めてやってほしい、と父は嘆願するとともに、長一が東京で橋本ハナと交際していることについて暗に諭している様子がこの文面から何となく読み取ることができる。
また、長一は、学校を卒業した暁には、きっと彦部村には帰ってこないだろう。その時は弟の耕次郎か章に農業の家を相続させ、自分たち老夫婦は、長子である長一の居住地で老後を養いたいなどと思っている、と言っている。
これまで長一は、家に戻って家督を継ぐべしとしていたことを、この手紙で方向転換している。このところが注目される重大な内容である。
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