■ 〈賢治の置土産〉12 岡澤敏男 カラフルな長編詩「小岩井農場」
|
■カラフルな長篇詩「小岩井農場」
賢治の「青」で思い起こされるのは、小岩井農場へ賢治をよびよせたのも「青き野」だったことです。盛岡中学1年生のとき、級友と鬼越山に石ひろい(鉱石採集)したときのことでした。
鬼越峠から西に広がる風景を眺めていると、その視野に牛の群れが映ったのです。この牛の群れは、小岩井農場がはるばる英国やスイス、オランダより輸入した70頭の乳牛たちでした。放牧地はまだ畑になっていなかった長者舘2号の原野だったとみられます。晩年(昭和5年ころ)になって、この思い出が鮮烈によみがえったのでしょうか。
賢治は中学1年(1909)のときから、花巻農学校の教師を辞め郊外の下根子桜にある別墅(べっしょ)で自活、耕作して羅須地人協会活動した時代(1930)までを「文語詩篇」ノートの1頁〜42頁にかけて略年譜風に記録しています。このノートの第1頁に「四月盛岡中学ニ入ル」とあり、その下に囲み罫をしてつぎのようにメモしているのです。
鬼越山 中村ふじ夫、長浜 青き野 牛の群
この「青き野」こそ、大正11年(1922)5月21日に書かれた長篇詩「小岩井農場」パート7の現場だったのです。「青き野」の原野は拓(ひら)かれ、長者舘2号とよぶ37町歩の広大な畑になっていたのです。
詩篇「小岩井農場」は心象スケッチ『春の修羅』のなかでも9章596行というかなり長篇の作品です。自然風物が色彩ゆたかに描かていて目を引きますが、とりわけ〈パート7〉の情景には「白」「青」「赤」「黒」「黄」「灰」「緑」「鳶(とび)」の8色を原色として25色の映像が描かれているのです。
たとえば「白」は〈白い笠〉〈雲は白い〉〈白い手甲〉〈白い種子〉〈白い空〉〈銀のそら〉、「青」は〈青い湿地〉〈青い草穂〉〈青いつめくさ〉〈蒼鉛の労働〉〈青い炭素のけむり〉、「赤」は〈うすあかい毛〉〈かほが赤く〉〈赤いきれ〉〈赤い焔〉〈まつ赤になつて〉、「黒」は〈黒い羅紗〉〈くろい外套〉〈腐食質〉、「黄」は〈トツパース(黄玉)〉〈黄いろな仕事着〉、「灰」は〈鼠いろの雲〉〈灰いろの喉咽〉、「緑」と「鳶」は〈緑玉髄(クリソプレース)〉〈とびいろの畑〉として映像化されています。まるでカラフルに点描された絵巻物を開いているような気がします。
ところが、この詩を〈パート1〉から順を追い〈パート9〉まで通読してゆくとき、ある奇妙な現象に気がつくのです。それは多彩な色彩語が乱舞するなかに「黒」「白」の映像の出現だけは一定の比率に配合されているらしいということです。その詳しい内容はコラム欄に別記します。
要約すれば、〈パート1〉では「黒」が「白」に大差で出現するが、尻下がりに減っていき、反対に「白」が右肩上がりに増え、「黒」と「白」は第5綴・第6綴(下書稿)で同数になるのです。
そして〈パート7〉より「白」が「黒」を逆転し〈パート9〉には「白」が「黒を」圧倒するのです。
いったいこの現象はどんな意味を隠しているのか。色彩語には作家の創作心理が連動し、「制作の秘密」がつかめるといいます。「黒」「白」の色彩語には、はたしてどんな「制作の秘密」を隠しているのか、たいへん興味をそそる謎です。
■「小岩井農場」における「黒」「白」の出現率
〈黒〉
黒塗りの馬車・黒ぶどう酒・まつ黒の腐植土・黒馬が二ひき・青ぐろいふち〈5=パート1〉
馬車はくろくて・くろくてすばやく・黒いながいオーヴア・くろいイムバネス〈4=パート2〉
沢では水が暗く・黒い腐植質・陰気に頭を下げる馬〈3=パート3〉
黒いオーヴアコート・白金黒・黒雲・まつくらな森林・青黒くなつて〈5=パート4〉
〈白〉
あおじろい春〈1=パート1〉
銀の微塵・そらりひかり〈2=パート2〉
ひかつている・白樺・白ペンキ〈3=パート3〉
ひかる…粉雪・野はらの雪・白樺・雪がかたまり・きらきらする雪・パツとたつ雪・雪の日のアイスクリーム・白金・海面白金・白堊・白い雑嚢〈11=パート4〉
鞍掛が暗く・山の方は青黒く・黒い松山・陰惨な霧の中・黒い肩・暗い霧の底・黒いきもの・暗くて寂しい・暗いし笹だ〈9=第5綴〜第6綴〉
白雲のたえま・天の銀盤・激しい白びかり・銀紙のチョコレート・白く疲れて・白い波・白いかつぎ・まつ白に光つて・白い笠〈9=第5綴〜第6綴〉
黒い羅紗・くろい外套の男〈2=パート7〉
腐植質・馬はぬれて黒い〈2=パート9〉
白い笠・雲は白いし・白い手甲・白い空・白い種子・あかるい雨〈6=パート7〉
天の微光・まつ白なすあし・白堊系の頁岩・貝殻のやうに白く・明るい雨・透明な軌道〈6=パート9〉
|
|
|
|
|
|
|