■ 〈胡堂の父からの手紙〉119 八重嶋勲 村長選挙はついに敗に期した
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■174半紙 明治38年4月13日付
宛 東京市本郷区第一高学校寄宿舎中寮
二番
発 岩手県紫波郡彦部村
前略豫而申述ヘ置候、村長撰(選)挙遂ニ敗ニ期シ敵派ヨリ当派ノA・Sヲ候補者サレタル為メ同人又無能ナルモ其欲ニまよへ(ヒ)当方四点ニA・S五点ニテ相了リ候、実ニ残念ノミナラス、年百五六円ノ損害ノミナラス是迄ノ如ク鳥後操合杯(ト)スル事不出来、以後学費ニ心配女性等ニ明示スルモ却テ気ノ毒、晝夜ニ心痛罷在候、当世ハ万般ノ撰(選)挙競争ハ在内ノ事ニ候得共日頃世話シ諸事ニ恩ヲ受ケツゝアルモノ等ニ反サレ実ニ気ノ毒ニ候、追テ何カ良方法モ可有之候得共差当リノ困難筆紙ニ難述、誰ニ相談スル人ナク獨リ苦シミ居候故ニ帰郷ヲ待チ種々ノ事情相談致度候、菊枝ノ事ハ安心セリ、耕次郎モ養子相談ハ見合セ候、
別紙名刺ハ昨年十二月頃出征スル人日詰停車場ニテ高橋駅夫ニ諾シアル由ニ候、今六円ノ金額ハ請求ニ対シ取纒メ兼遺憾ニ候、不日送付スル事ニ、先ハ用事ノミ、早々
四月十三日 野村長四郎
野村長一殿
此頃ノ報知新聞ニ高等学校大学生ノ卒業生ハ外国語不出来ノ為メ試験落第シ云々トアリ其邊ニ大ニ注意セラレ度候、
撰(選)挙ハ大数定ヨリタルモ本撰(選)挙会ニ至ラス目下T・I久保のMハ運動シツゝアルアリ以テ如何ニ相成哉追テ報道スベシ
【解説】「前略、かねて申しておいた村長選挙ついに敗に期した。敵派が当派のA・Sを候補者としたため、同人また無能であるが欲に迷って当方4点にA・S5点で終わった。実に残念であり、年百五、六十円の損害のみならず、これまでのようにちょっと操り合わせ等することができず、これからの学費が心配である。女どもに示すのもかえって気の毒である。昼夜に心痛している。当世はすべての選挙競争にあることであるけれども日頃世話をし諸事に恩を受けている者に裏切られるのは実に気の毒である。追って何か良い方法があるかもしれないが差し当たりの困難は筆紙に述べがたい。相談する人もなく独り苦しんでいるので帰郷を待って種々の事情を相談したいものである。菊枝の事は安心した。耕次郎も養子の相談は見合わせることにした。
別紙名刺は昨年12月頃出征する人が日詰停車場で高橋駅夫に託していったとのことである。今6円の金額は請求に対し取りまとめかね遺憾である。近い内に送付することにする。先ずは用事のみ、早々
(追伸)この頃の報知新聞に高等学校、大学生の卒業生は外国語ができないため試験で落第する云々とあった。そのへん大いに注意するように。
選挙は半数以上集まったけれども本選挙会に至らなかった。目下T・I氏、久保のM氏があくどい運動をしているので、どうなるか分からない、追って報道する」という内容。
議員が全部集まらず本選挙にならなかったが、対立候補者の方が優位であった。もし落選となれば、年俸百五、六十円の減収となり、これからの学費のやり繰りが大変である、と危機感を述べて誠に悲痛である。
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