2007年 7月 10日 (火) 

       

■  〈賢治の歌〉807 望月善次 険しくもやすらかなるも

 〔けはしくもやすらかなるもともにわ
  がねがひならずやなにをやおそれん〕
 
  〔現代語訳〕越えていくことが困難であることも、また容易であることも共に私の願いではなかったのでしょうか。ああ、それなのに何を恐れるというのでしょうか。

  〔評釈〕「大正七年五月」〔「歌稿〔A〕」〕六十五首中の三十首目の「675歌」で「折壁」と題された一連の作品の中に位置するものであるが、抹消歌でもある。結句「なにをやおそれん」の対象は、理念的にいえば「けはし」の場合にも「やすらか」の場合にも求められるであろう。評者個人の好みからすれば、ある事態が、予想よりも良い方向に展開したので、そこに発生するある種の恐怖・不安感に対して歌ったものとしたいところであるが、次に置かれた一首なども参考にすると、「けはし」に立ち向かおうとした一首だとすることが無難の処置か。それにしても、作品の成熟度からすると、あと一歩の感を否めないのは、話者の言及が抽象的段階にとどまっていて、具体物に及んでいないからである。

  (岩手大学特任教授)

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