2007年 7月 11日 (水) 

       

■  〈夜空に夢見る星めぐり〉186 八木淳一郎 盛岡天文事情その2

 盛岡市子ども科学館をつくるにあたって、市の関係者の人たちは仙台市天文台を勉強のために訪ねます。仙台市天文台は岩手、盛岡の子どもたちが仙台への修学旅行の折、プラネタリウムや天文台というものを初めて体験する場所でもありました。当時の台長小坂先生は盛岡から来た人たちにこう話されました。

  「プラネタリウムは便利な器械ですが、電気的に光らせる人工の星を見せて知識を一方的に伝えるだけでは、子どもたちに真の感動を与えたり自然への関心を深めたりすることはできません。必ず本物の星の光や天体の姿を見せる前提を持たなくては、プラネタリウムの価値を発揮させることができません。そればかりか単なる見せ物小屋になりかねないのです」。

  「あの時、盛岡の方々は『大変良く分かりました!』と言って帰られたんですけどね…」。盛岡のことを気に掛けてこられた小坂先生は後年、がっかりしたように話されていました。こうした経緯の一端を知れば知るほど、子ども科学館の現場の先生や職員の方々が、さまざまな不備を乗り越えながら子どもたちに自然の不思議とすばらしさを伝えるべく、日夜いかに苦労されているか理解に難くありません。

  さて、昭和58(1983)年5月5日の子どもの日に合わせて、盛岡市子ども科学館がオープンします。その年の夏のことでした。市内の中央通りで工藤巌先生がお声をかけてくださいました。「八木君、どう?プラネタリウム見てくれたかい?」

  岩手の、盛岡の子どもたちが地元に居ながらにしてプラネタリウムや天体を見ることができるようにしてあげたい。これは工藤先生が長い間温めてきた夢であり、ロマンでした。そして、構想の具体化の段階からはさまざまな事情によりあとの人たちに夢を託したのでした。

  「はい、本当にすばらしいものが盛岡にもできてみんな喜ぶと思います」。すると、工藤先生は少しうつむかれるようにしながら、

  「そう。実はね…僕は、正直、ちょっとがっかりしたんだよ…」。わたしは、そうおっしやる先生がお顔を曇らせたことに驚きを禁じえませんでした。
(盛岡天文同好会会員)

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