■ 〈あのころぼくはバンドマンだった〉59 北島貞紀 ちまたの天才たち
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■ 1982年
「それじゃ、音合わせにブルースでもやってみようか」
メンバーがそろったので、お互いの紹介もそこそこに所定の位置に着いた。尼崎の「ブルースカイ」での、初顔合わせ。このバンドの親方(バンマス)になった僕は、早くみんなの力量が知りたかった。
「ビリーズ・バウンスいけるかな?」。ブルースの中でも、ちょっとトリッキーな曲だ。
「OKです」サックスの順平が答える。角ばった顎(あご)にまばらな無精ひげ、短めに刈り込んだ髪と少し落ち窪(くぼ)んだ鋭い目つきを見ると、減量中のボクサーのように見える。
サックスとピアノでテーマをユニゾンすると、ドラムもフレーズを合わせてきた。サックスもドラムも曲を完全にメモっている(暗譜している)。
テーマに続くアドリブ、順平はゆったりしたフレーズから、次第に細かいフレーズになってゆく。テツは、それをサポートしながら、順平のフレーズに反応し始めた。お互いの音が絡み合ったり、反発したりしながらじわじわと熱を帯びてくる。12小節のコーラスが何回もリピートされる。ほんのあいさつ代わりのつもりが真剣勝負になっていた。
こいつらは本物だ!
「テツ、あれからどうしてた?」
「東京とこっちを行ったり来たりですわ」
「ひとつ所には落ち着かないんだ」
「たまにいいバンドだと思うと、メンバーがクスリで挙げられたり、ハコがなくなったりで、うまく続かないようになってるんです」
この間まで、最近人気の出てきたロック歌手のツアーバンドにいたが、その歌手ともめて、途中で帰ってきたという。
順平とテツは意気投合した。力量が互角だった。バンマスとして僕はバンドを仕切ったが、力量は彼らのほうがはるかに上だった。それでも音楽に対する姿勢が一致していたのか、僕のやり方についてきた。僕たちは週1回、早出をして練習した。
客がほとんど来ない1回目のステージで、僕らはジャズを演奏した。それはいつも真剣勝負だった。どれだけ気持ちよくなれるかが勝負で、お互いが仲間でありライバルだった。
順平は、いつも真っ先に店に来て練習していた。
「アパートやと音が出せんのですわ」
順平もテツも、イイ音を出すこと以外には何も興味がない、という凄(すご)みを感じさせた。
ちょうど半年経って、支配人から呼ばれた。
「申し訳ないが見てのとおり、客入りが悪くていったん店をクローズすることになった」
「やっぱりね」テツがうんざりした表情で言った。
(ミュージシャン・株式会社ショップボックス相談役)著者ホームページhttp://www.smilecats.com/
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