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賢治作品に登場する狼森を眺める参加者 |
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京都造形芸術大学通信教育部の学生42人が8日、雫石町の小岩井農場を訪れ、宮沢賢治の作品「小岩井農場」から賢治の足跡をたどった。
課外授業の地域文化演習(中路正恒教授)で本県を訪れた。7日に花巻市の宮沢賢治記念館やイギリス海岸を訪ね、8日は雫石駅から一部徒歩で小岩井農場を目指した。
「賢治歩行詩考〜長編詩『小岩井農場』」の著書がある盛岡市の宮沢賢治研究家岡澤敏男さんが一行を案内。同農場の彩林館で賢治と小岩井農場について講演した。
岡澤さんは小岩井農場の歴史について解説する中で、共同創始者の一人だった井上勝(鉄道庁長官)の業績に注目していることを紹介した。井上は幕末にイギリスへ藩費留学し、鉄道や土木などの実学を学び、その後「日本の鉄道の父」とうたわれた人物。
「井上は東北本線など鉄道を建設する際、多くの農家を強いて田畑を破壊した。線路を直線につくるためとはいえ、ひどく心を痛めた」と同農場成立の背景を説明し「東北本線が盛岡駅まで延伸開業したことを機に、原野であった雫石に理想の農場をつくることを決意した。7年間で経営は破たんしたが岩崎家に経営をゆだね、もうけ主義に走らない理念は受け継がれた」と、幕末から流れる同農場の歴史を案内した。
その後は「畜産を中心に据え、ばく大な投資でインフラ整備。賢治が生まれたのは小岩井農場が生まれて5年後。ちょうど荒れ地が整備され、理想の農場ができる過程に賢治の青春時代があった」「賢治は訪ねるたびに美しくなる農場に感動し、自分も成長しなくてはいけないと思いながら作詩したことだろう」と解説を加えた。
千葉県から参加した清水英子さん(63)は「作品は難解なものが多いが、賢治が育った環境や背景を垣間見ることができてとても良かった」と満足していた。
一行は講演後、小岩井乳業工場などを訪れ、最後に賢治が作品「小岩井農場」で訪れたという松林の道を実際に歩いてから帰路についた。
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