2007年 7月 14日 (土) 

       

■ 〈賢治の置土産〉13 岡澤敏男 わたくしという迷宮

 ■〈わたくし〉という迷宮
  長篇詩「小岩井農場」は「わたくしはずゐぶんすばやく汽車からおりた」で始り「わたくしはかつきりみちをまがる」で終わっています。長篇591行の首尾を〈わたくし〉で終始させたのはなぜなのか、ずいぶん気になることです。たしかにこの詩には〈わたくし〉が目につきます。パート1に8例、パート4に2例、パート7に4例、パート9にはなんと12例も数え、まさに〈わたくし〉の迷宮という文体です。

  賢治は『春と修羅』の序詩で〈わたくし〉の原型というものを開陳している。
 
  わたくしといふ現象は
  仮定された有機交流電燈
  の
  ひとつの青い照明です
 
  この思想は「小岩井農場」の〈わたくし〉にもつながっており、対象化された分身として〈わたくし〉が機能しているのでしょう。

  また「小岩井農場」の文体についても、9章(8章を欠く)に構成したのはなぜなのか、これも気になるところです。この詩に次ぐ「青森挽歌」(250行)「真空溶媒」(248行)の詩篇が章を分けずに1篇の長い文体に構成されているところをみれば、分章化させたのは591行の長文の理由ではなさそうです。東京の山手線がすっぽり入るくらい広い農場を舞台に展開させるモチーフ自体に分章化の根があったとみられる。小岩井農場には時空を超えた重層的認識を持つ賢治のことだから、はじめから分章化させようとする意図があったのかもしれません。

  小岩井駅を午前10時40分に下車した場面からスタートし、小岩井農場のいちばん北のはずれの松林で雨に降られ、Uターンして小岩井駅に向かうまで、およそ4時間にも及ぶ長い道程の心象スケッチでは、とうてい1篇の文体では難しかったのでしょう。そこでドラマツルギーの手法で2幕9場のプロットを設定したのです。

  パート1は駅前の場、パート2は網張街道の場、パート3は小岩井農場入口の場、パート4は農場本部の場…などと9章におよぶ長篇ドラマに構成したものと考えられます。この詩篇は、背景だけが移動する一人芝居のスタイルで、賢治の分身である役者が開幕から終幕まで〈わたくし〉のモノローグ(独白)で演技するドラマとして作成されているのです。

  この文体を〈わたくし〉の迷宮と感じたのは自称語の氾濫(はんらん)ではなく、不気味に〈わたくし〉につきまとう「黒」「白」の妖怪にあったからでした。前回はこの妖怪の出現率についてだけ述べたが、いったい妖怪の正体とはどんなものだったのか、だいぶ気になるところです。

  その妖怪の正体を、天沢退二郎氏は「オブセッション(強迫観念)」という観念でとらえました。その強迫観念の根は複合的なものとからみあっているらしいが、昨年(大正10年)の夏、「わが一人の友」保阪嘉内と深刻な宗教論により決別したことも根の一つで、その後遺症の心の傷に妖怪がとりついたものだと私は推量するのです。


 ■〈わたくし〉という迷宮
   (「小岩井農場」パート九より抜粋)
 
すきとほってゆれてゐるのは
さつきの剽悍な四本のさくら
わたくしはそれを知つてゐるけれども
眼にははつきり見てゐない
たしかにわたくしの感官の外で
つめたい雨がそそいでゐる
    (5行略)
ユリアがわたくしの左を行く
大きな紺いろの瞳をりんと張つて
ユリアがわたくしの左を行く
ペムペルがわたくしの右にゐる
……………はさつき横へ外れた
     (3行略)
わたくしははつきり眼をあいてあるいてゐるのだ
ユリア ペムペル わたくしの遠いともだちよ
わたくしはずゐぶんしばらくぶりで
きみたちの巨きなまつ白なすあしを見た
どんなにわたくしはきみたちの昔の足あとを
白堊系の頁岩の古い海岸にもとめただろう
  (以下省略)



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