そら高く
しろがねの月かゝれるを
わが目
かなしき雲を見るかな。
〔現代語訳〕空高く、白金色の月がありまして、(実際は、空には雲はないのですけれど)ああ、私の目は悲しい雲を見るのです。
〔評釈〕「大正七年五月より」〔「歌稿〔B〕」〕五十首中の二十九首目の「679歌」で、「折壁」一連の最後の作品でもある。「歌稿〔A〕」からの、行変え、句点以外の変更はない。単独の作品として考える読み方もあるが、一応「678歌」や「678´歌」に連続する作品だとする現代語訳をつけておいた。「かかる(掛かる、懸かる)」は「物の端を目ざす対象の(側面)に食い込ませ、あるいは固定して、物の重みの全(すべ)てをそこにゆだねる」〔『岩波古語辞典』〕という意味の「かく(掛く、懸く)」の自動詞型。「そらにかかる」では「空に在る」という意味となる。「678歌」などがなければ、「雲が実際にあり」、その雲を「かなしき雲」だと見たのだとする解釈も、もちろん成立する。
(岩手大学特任教授)
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