2007年 8月 5日 (日) 

       

■ 〈賢治の歌〉833 望月善次 沈み行きて静かに青き原を

 〔沈み行きてしづかに青き原をなす
  炭酸銅のよるのさびしさ〕
 
  〔現代語訳〕段々と沈んで行って、静かに青い原となる炭酸銅の夜の寂しいことよ。

  〔評釈〕「大正七年五月」〔「歌稿〔A〕」〕六十五首中の五十四首目の「699歌」。「炭酸銅」については、『新宮澤賢治語彙辞典』に「銅鉱脈の酸化帯に二次鉱物として産する鉱物。天然には、藍銅鉱や孔雀石として産する。青空の色、ないしは多色の結晶体として見られる。」という説明がある。なお、孔雀石は、「緑青」と同じ成分であり、そのことは、次に置かれる「700歌」の前提にもなっていることを予告しておこう。「沈み行きて」は、夜の闇が段々と深まっていくことに連なる表現であろう。その静かに夜の闇が迫ってくる様子を「青き原をなす炭酸銅」とし、それを「さびしさ」とするところに話者の独特の感覚があるのだが、それがどの程度の読者の共感を呼ぶかは、もう一つの問題。
(岩手大学特任教授)

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