2007年 8月 6日 (月) 

       

■  〈賢治の歌〉834 望月善次 緑青の寂しき原は

 〔緑青のさびしき原は数しらぬ気泡
  をそらにはきいだすかな〕
 
  〔現代語訳〕緑青の寂しい原は、数知らぬほどの沢山(たくさん)の気泡を空に吐き出すのです。

  〔評釈〕「大正七年五月」〔「歌稿〔A〕」〕六十五首中の五十五首目の「700歌」。「緑青(ロクショウ)」は、「銅または銅合金の表面に生ずる青緑色のさびのこと」。「空気中に生ずるものは種々の組成の塩基性炭酸銅であって、クジャク石と同じ。」〔『マイペディア』〕ことが、直前の「699歌」の「炭酸銅(孔雀石)」と関連することについては既に触れた。「賢治作品では、もっぱら顔料の緑青」を指し、松林の色、丘と野原、水面描写などに使われるが〔『新宮澤賢治語彙辞典』〕、ここでは、もちろん「丘や野原」の場合。「数しらぬ気泡」の様子が、実際に、話者の目に見えていたのか、あるいはそう感じたということかは断定できないが、いずれにしても賢治的なイメージには相違ない。

  (岩手大学特任教授)

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