2007年 8月 9日 (木) 

       

■  〈あのころぼくはバンドマンだった〉63 北島貞紀 ファイナルステージ

 ■ 1985年

  梅田のはずれにあるライブハウスを借り切って、フェアウエル(さよなら)パーティーが始まろうとしていた。

  「えぇ、それではただ今から、ジョージさんの送別ライブをはじめます。一応3部形式になっていて、第1部は、エム・エム・スーパーバンド、第2部がこの間2枚目を出した祥&フィフス・アベニューの演奏、そして最後が北島トリオのファイナルライブです。食べ物、飲み物は、じゃんじゃんOKですがセルフでお願いします。飛び入りも大歓迎、とにかく目いっぱい楽しんでください」。司会を買って出てくれたトシ君がつつがなく開会を宣言した。

  「それでは、ジョージさんの新たな旅立ちに乾杯!」

  マー坊が中心となったセッションバンドの演奏が始まった。

  2杯目のビールを飲み干したとき、祥が花束をかかえて入ってきた。

  「遅れてごめんなさい。花を選んでいるうちに時間がたって…」

  久しぶりに会う祥は、少しやせて、かわいい女の子から美しい女性に変わっていた。初めて会った時、祥はまだ高校生だった。2枚目のシングルは郵送で受け取った。ソロシンガーとしてやっていけるかどうか、これからが勝負だ。

  「ジョージさん、元気でね、そしてまた帰ってきて」

  「うん、ありがとう。祥もがんばれよ!」
 
  演奏を終えたマー坊がハルの席にやってきた。3人そろうのは本当に何年ぶりだろう。

  「おたくがいなくなると、淋(さみ)シなるなぁ」あの日と同じように、ハルがぽつりと言う。

  ハルと会ったのは12年前。「おたくバンドやらん?」と声をかけられ、マー坊と3人でバンドを組んだのが始まりだった。そう、あれがすべての始まりだった。

  ステージの方で大きな拍手が起きた。祥がステージに上がったのだ。以前にはなかったオーラが漂っている。フィフス・アベニューは、きょうのためのオリジナルメンバーだった。

  バンド結成時の合歓(ねむ)の郷合宿、客が一人も来ないライブハウスでトランプに興じたこと、そして音楽祭優勝の瞬間とその後のごたごた…今ではすべてがいとおしい宝物だった。
 
  そして、僕たちのファイナルステージとなった。

  打ち合わせもせず、いきなり4小節のイントロを弾くと、ジャストのタイミングで2人が入ってきた。リリカルなメロディーの歌もの「星影のステラ」を1曲目に選んだ。ケン坊のウッドベースがメロディーに絡んでくる。テーマが終わって、そのままケン坊に振った。アサオも音を止め、ケン坊のベースの音だけが静まり返った店内に響く。派手さも華麗さもないけれど、実直で温かいケン坊の性格そのものが音になって表れてくる。

  お互いが本音を言い合い、感情をぶっつけながら真摯(しんし)に音楽に取り組んだ北新地の年月。それからは、僕のそばにいつも2人がいた。北新地のハコを抜けた後も、それは変わらない。いまさらながら、その存在の大きさに驚いた。僕たちは戦友だった。

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