■ 〈あのころぼくはバンドマンだった〉63 北島貞紀 ファイナルステージ
|
■ 1985年
梅田のはずれにあるライブハウスを借り切って、フェアウエル(さよなら)パーティーが始まろうとしていた。
「えぇ、それではただ今から、ジョージさんの送別ライブをはじめます。一応3部形式になっていて、第1部は、エム・エム・スーパーバンド、第2部がこの間2枚目を出した祥&フィフス・アベニューの演奏、そして最後が北島トリオのファイナルライブです。食べ物、飲み物は、じゃんじゃんOKですがセルフでお願いします。飛び入りも大歓迎、とにかく目いっぱい楽しんでください」。司会を買って出てくれたトシ君がつつがなく開会を宣言した。
「それでは、ジョージさんの新たな旅立ちに乾杯!」
マー坊が中心となったセッションバンドの演奏が始まった。
2杯目のビールを飲み干したとき、祥が花束をかかえて入ってきた。
「遅れてごめんなさい。花を選んでいるうちに時間がたって…」
久しぶりに会う祥は、少しやせて、かわいい女の子から美しい女性に変わっていた。初めて会った時、祥はまだ高校生だった。2枚目のシングルは郵送で受け取った。ソロシンガーとしてやっていけるかどうか、これからが勝負だ。
「ジョージさん、元気でね、そしてまた帰ってきて」
「うん、ありがとう。祥もがんばれよ!」
演奏を終えたマー坊がハルの席にやってきた。3人そろうのは本当に何年ぶりだろう。
「おたくがいなくなると、淋(さみ)シなるなぁ」あの日と同じように、ハルがぽつりと言う。
ハルと会ったのは12年前。「おたくバンドやらん?」と声をかけられ、マー坊と3人でバンドを組んだのが始まりだった。そう、あれがすべての始まりだった。
ステージの方で大きな拍手が起きた。祥がステージに上がったのだ。以前にはなかったオーラが漂っている。フィフス・アベニューは、きょうのためのオリジナルメンバーだった。
バンド結成時の合歓(ねむ)の郷合宿、客が一人も来ないライブハウスでトランプに興じたこと、そして音楽祭優勝の瞬間とその後のごたごた…今ではすべてがいとおしい宝物だった。
そして、僕たちのファイナルステージとなった。
打ち合わせもせず、いきなり4小節のイントロを弾くと、ジャストのタイミングで2人が入ってきた。リリカルなメロディーの歌もの「星影のステラ」を1曲目に選んだ。ケン坊のウッドベースがメロディーに絡んでくる。テーマが終わって、そのままケン坊に振った。アサオも音を止め、ケン坊のベースの音だけが静まり返った店内に響く。派手さも華麗さもないけれど、実直で温かいケン坊の性格そのものが音になって表れてくる。
お互いが本音を言い合い、感情をぶっつけながら真摯(しんし)に音楽に取り組んだ北新地の年月。それからは、僕のそばにいつも2人がいた。北新地のハコを抜けた後も、それは変わらない。いまさらながら、その存在の大きさに驚いた。僕たちは戦友だった。
|
|
|
|
|
|
|