2007年 8月 16日 (木) 

       

■  〈あのころぼくはバンドマンだった〉最終回 北島貞紀 その先にあるもの

 ■ 1985年

  新大阪の駅構内にある食堂で、僕たちはレイコを飲んでいた。アイスコーヒーを大阪では冷コというが、いかにも大阪的な言い方だ。ひっきりなしに客の出入りがあるため、店内のクーラーがあまり効かない。発車まで、あと半時間程だった。

  「世話になったな、最後まで」

  「そんな、言わんといて。悲シなるやんか」。ケン坊がむきになって応えた。

  「そやけど、北ヤンおれへんようになったら、どないしたらえぇやろ」

  「おいおい、なんや男と女の別れ話のようやで」

  「ほんまや」やっと表情がゆるんだ。

  昨日のフェアウエルパーティーの余韻が、しこたま飲んだ酒とともに残っていた。今日の出発はケン坊だけに告げた。荷物はすでに郷里に送ってある。

  「そろそろ行くわ」僕はボストンバックを手にとって立ち上がった。

  食堂を出ると、空気が暑さでよどんでいた。

  「今年は、残暑がきついなぁ」

  「盛岡はもう涼しいやろか?」

  「いや、ようわからん。15年も大阪におるんやから」

  「ほんまや」

  改札口が見えてきた。僕は、今日ケン坊に伝えたかったことを口にした。

  「なぁ、ケン坊、できるならバンドをやめて昼の仕事に戻ってくれ」

  「えっ?」

  「前は、昼をやめてバンドをやれといっときながら、勝手やと思うやろが」

  「ほんまや」

  「もうなぁ、十分やったと思う。それになぁ、もうバンドの時代は終わった。いや、僕たちのバンドマンの時代が終わったんや」

  「そうかも知れん。けど北ヤンはどうするんや」

  「この間話したように、もう少し頑張ってみるつもりや。だけど今まで追っていた夢とは違う夢を描いている」

  「うん」

  「今までは、上手くなりたい、いい演奏がしたい、あわよくば売れたいが夢やった。けどもうその時代は終わった。今度は、音楽を楽しんで続けたいんや。そのための基礎づくりや。僕はこれからもバンドマンを続けるけど、それは手段や。だからな、ケン坊、いつかくる日のために同じように基礎づくりをやってほしいんや」

  「なんやモヤモヤしてるけど、わかったわ。またいつか一緒にやれるんやね」

  改札口に着いた。僕たちは固い握手を交わした。

  「あぁ、そのために行くんや」
(完)

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