錫の夜の
北上川にあたふたと
あらはれわたる
いざり火のあり。
〔現代語訳〕錫(すず)色の夜の北上川に、うろたえて現れて渡る漁火(いさりび)があります。
〔評釈〕「大正八年八月より」〔「歌稿〔B〕」〕四十五首中の十二首目の「720歌」。「歌稿〔A〕」では、初句を「銀の空に」から「銀の夜を」としていた。また、結句は「あやしき火あり」であった。「あたふた」は「うろたえて行動する様」(直ぐ行動するところが、行動しない「おたおた」との差。)。江戸時代から見られる語で、室町時代の「ふたふた」に相当し、この「ふた」と「あた面倒(ひどく面倒)」の「あた」が結びついたもの〔『暮らしのことば擬音・擬態語辞典』〕。通常は、人の行動に用いる「あたふた」を「漁火」に用いるところが賢治的。「歌稿〔A〕」の結句に置かれていた、「あやしき火あり」を参考にすると、話者の「漁火」に対する思いは、より明白になる点もある。
(岩手大学特任教授) |