錫の夜の
北上川をあたふたと
燃えて下りくる
いざり火のあり
〔現代語訳〕錫(すず)色の夜の北上川を、あわてて、燃えながら下って来る漁火(いさりび)があります。
〔評釈〕「大正八年八月より」〔「歌稿〔B〕」〕四十五首中の十三首目の「720・721a歌」。「720歌」の下に書かれたもので、第二句には「北上川に」の形もあった。「漁火」は、賢治の場合は「イザリビ」と古典的な訓みを使用していることについては既に触れたが、一般的に言えば、他に「ギョカ」の訓みもあり、類語に「漁灯(ギョトウ)」もある。通常人間の行動に用いる「あたふた」というオノマトペを「漁火」に使っていることが賢治らしいことについても触れているので、今回は、話者の視線について触れておこう。「(燃えて)下りくる」に見ることができるように、この「漁火」は、上流から下流に動いているのである。「くる」だから、話者は、下流から眺めていることになる。
(岩手大学特任教授) |