2007年 9月 7日 (金) 

       

■  〈EU見たまま〉総合50年史4 小野吉郎 食い倒れの都市

     
  リヨン市の「食い倒れ横丁」のメルシェール通り  
 
リヨン市の「食い倒れ横丁」のメルシェール通り
 
  かつて古代ローマ帝国の全盛期には、地中海沿岸全域がローマ領だった。従って首都に富が集まり、各地の農産物や食材がそろうので、ローマ人の裕福な人々には食い倒れの町だった。

  しかし大食いだったが、洗練されたグルメではなかった。

  リヨン

  今はフランス料理の本場である。古代ローマがフランスの前身のゴールを征服すると、ゴール人はいち早くローマの生活様式に順応していった。

  リヨンはローヌ川と地中海を通じてローマと直結していたゴールの首都だった。従ってリヨンはローマの食事にも同化しやすかった。

  当時パリの前身のルテッシヤはまだ辺地の州都にすぎなかった。

  リヨンは食通からみると、地の利に恵まれている。ワインを見てもブルゴーニュ、ボジョレー、ローヌ渓谷、プロバンスと、ワイン産地に恵まれている。

  シャローレの高級牛肉、ローヌ川支流のソーヌ川の水系の川魚、それに優雅な味の大型ソーセージ、ハム、ブダン(豚の腸詰め)、クネール(魚や肉などのつみれ風の練り物)、リヨンの北のブレス地方の鳥肉や卵など。

  リヨンには実質本位のレストランが多く、気取りやのパリの店の半額近くでリヨン料理が食べられる。

  ボローニア

  イタリア料理の本場は何といってもボローニアにある。交通の要所で、各地の食材が集まりやすい。

  例えばパルム産のチーズ(パルムザンという)と生ハム、ハムやソーセージの産地が近い。ボロニア風のスパゲティを「ボロネーゼ」とはミートソースのこと。

  そもそもスパゲティやパスタ類の由来は、マルコ・ポーロが中国から持ち帰ったのはうそ。アラビア人が南イタリアにもたらし、それを改良したもの。だからアラビアータというソースの名前もある。

  ここはワイン産地で有名なエミリア・ローマニア地方で、小麦、ジャガイモ、トマト、タマネギ、果物、テンサイ糖、それに米などの産地。

  食材は巨大農協組織に支えられている。米の料理を「リゾット」という。

  トレド

  スペインの古都。カスティヤ=ラマンチャ地方にあって、羊、オリーブ、サフランなどの有力産地。古都で各地から食材が集まり、住民は昼食を長い時間かけてゆっくり食べる。夕食は夜10時ごろから深夜にかけて楽しそうに食べる。

  ブリュッセル

  さすが、EU本部の所在地だ。諸国の食通が集まり、いつの間にか第二のリヨンと呼ばれるようになった。

  毎年世界食品コンテストが開催され、約1千種の食品が応募して、厳しい審査を受ける。アルコール類も加わるようになった。ベルギーのフランス料理はフランスと違う点は、ワインでなくビールが中心。小国ながら365銘柄のビール。一年中毎日違うビールを飲んで暮らせる。

  食い倒れのないイギリス

  イギリス人は食事より住まいに金をかける。イギリスでは食事がまずいという先入観がある。唯一の例外は朝食。ある有名なイギリスの作歌の言葉は「イギリスの朝食は世界一うまい。1人に3度朝食がとれたら世界一の幸せ者になれる」と。

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