夜をこめて行く歌
みかづきは幻師のごとくよそほひて
きらびやかなる虚空をわたる。
〔現代語訳〕三日月は魔術師のように姿・形を整えて、輝き美しい、何も(さえぎるものの)ない空を渡るのです。
〔評釈〕「大正八年八月より」〔「歌稿〔B〕」〕四十五首中の十五首目の「723歌」。「夜をこめて行く歌」の冒頭歌。「幻師」は、「幻」に「手品」の意があるから「手品師・魔術師」とした。「きらびやか」は、光輝く「きら」に由来する語。「虚空」は、賢治は「そら」と訓(よ)ませることが少なくないが〔『新宮澤賢治語彙辞典』〕、この場合は、短歌定型の七音の上からも「こくう」。「虚空」は、日常的には「何もない空間」〔『広辞苑』〕であるが、賢治には「はるかに独創的な使い方」のあることは、『新宮澤賢治語彙辞典』が詳しく説くところ。少なくも、マイナス的「虚空」ではないことを押さえたい。「三日月」を魔術師とし、「きらびやかなる虚空」を渡らせるのは、賢治でこそ可能。
(岩手大学特任教授)
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