2007年 9月 11日 (火) 

       

■  〈賢治の歌〉868 望月善次 三日月の光冷たく

 みかづきの
  ひかりつめたくわづらひて
  きらびやかなる
  夜ははてんとす。
 
  〔現代語訳〕三日月の光は、冷たく病み、きらびやかな夜は終わろうとしています。

  〔評釈〕「大正八年八月より」〔「歌稿〔B〕」〕四十五首中の十七首目の「725歌」。「夜をこめて行く歌」の三首目。初句の脇に、「つき」と書きかけて抹消したものもある。なお、「歌稿〔A〕」では、結句のみを行変えしている。昨日の「724歌」において、「自然現象変化の感情的処理が一首の核心」としたが、こうした表現方法は、抽出歌においても共通しているので、もう少し丁寧に説明することにしよう。つまり、「夜をこめて行く歌」を歌おうとする話者は、「月(三日月)」の様子を核にして、一夜の変化を歌おうとするのであるが、これを客観的に歌うのでなく、三日月を擬人化することによって示そうとしたのである。三日月を病ませる形で、夜の終わりを告げようとしたのである。

  (岩手大学特任教授)

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