2007年 9月 11日 (火) 

       

■  〈イタリアンチロルの昼下がり〉26 及川彩子 マンマ主義

 わが家のお隣さんは、同年代の3人家族‖写真‖。大柄で朗らかなご主人マッシモは、アジアゴの別荘地を駆け回る配管技術者。奥さんは、気さくで陽気なクリスティーナ。金髪で、目のクリクリした一人息子ドメニコは5歳。愛称「ニコ」。マッシモの亡きお父さんの名前をもらったと聞きました。

  マッシモの兄サンドロの経営する不動産屋から家を購入した縁もあり、とても頼りになる一家です。

     
   
     
  わが家の次女ジュリアと、1カ月違いのニコは、毎日行き来して遊ぶ大の仲良し。「テゾーロ‖宝物」「アモーレ‖愛」時に「ステラ‖星」と、ニコを呼ぶクリスティーナの声が、日に何度も聞こえます。

  日本人には、気恥ずかしい表現ですが、思いっきり愛情を示すのがイタリア式。「ジュリアは、わがままなの」と謙遜(けんそん)しながら言うと、クリスティーナは「自分の子はもっと自慢しなくちゃ」。そして、何のためらいもなく、ニコを抱きしめる姿勢には脱帽です。

  週末にはマッシモの兄弟みんなが実家に集まって、老いた母親を囲んで昼食会。イタリア人には当たり前の習慣で、わたしたちもよく招かれます。そのたびに「家族」を意識させられるのです。

  イタリアの男性は「マンマ(母親)主義」と言われます。直訳すると「母親の溺愛(できあい)・乳離れできない息子」と、悲観的ですが、この国では最良の親子関係を意味します。

  驚いたときに言う、マンマ・ミアは「わたしの母親」。単なる口癖のマンマは「あらあら…」と、言語的にも成り立っているのです。西欧の個人主義は、家族の束縛から本当の自由と個人が生まれるという発想です。

  ある本に興味深い一文がありました。テレビ番組で、世界の若者に「愛」を問うと、日本人は「人類愛・自己犠牲」と抽象的に、イタリア人は「家庭」と答えたそうです。家族という実生活を離れては何も探せないのです。

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