2007年 9月 12日 (水) 

       

■  〈古都の鐘〉24 鈴木理恵 ピアノを運ぶ

 9月に入った途端、めっきり肌寒くなったウィーン。夏は終わり、新しい1年が始まった。朝8時ごろ近くの小学校前を通ると、新学期を迎えて親に手を引かれた子供たちが次々とやって来るのに出くわす。

  わたしも心機一転というわけではないが、縁があって引っ越しをした。ウィーン4区ヴィーデン、ベルベデーレ宮殿は目と鼻の先というロケーション。今までのウィーン訛(なま)りの飛び交う労働者の多い下町から、大使館街のハイソな雰囲気へと大転換である。

  引っ越しというので、わたしがまず一番はじめにしたことはピアノの運送の手配である。懇意にしている調律師Kさんに紹介されたのは、元は声楽家だったというポーランド人のクロトフィルさん。電話で連絡を取り付けた。

  「…ええと、小さいグランドピアノにフォルテピアノ…そうそう、チェンバロみたいなやつです、それに洋服ダンスもお願いします…今住んでいるところは5階で引っ越し先は3階です…(1階ごとに値段が変わるのだ。)…250ユーロ?う〜ん…わたしは貧乏音楽家なんでねえ、もう少し安くなりませんかねえ…230ユーロ?OK、じゃあそれでお願いします。では金曜日のお昼に」

  当日2人の筋骨隆々な若者を引き連れ現れたクロトフィルさん。「コンニチワ〜」と日本語であいさつし、親しみやすい感じである。

  「すみませんけど、このソファと本棚と机も一緒にお願いできますか?」「それじゃあこの値段じゃやれないねえ、280ユーロでどうだい」「ええ!そんなに払えない!ほら、持ってみて、意外と軽いんですよ、小さいから場所も取らないし…」「ナイン!そんなわけにはいかないよ、調律のKさんに怒られちゃう!」「Kさんはいつもわたしに親切ですよ、ずっと彼に頼んでいるし…250ユーロだったらどうですか?」「270!」「…じゃあ本棚は後で解体して持っていくからいいです、だから260!音楽がお金にならないこと、知ってるでしょ!」「しようがないねえ…じゃあ、君の友人知人に僕のこと宣伝するって約束だよ」こうして契約は成立し、彼は若者に指図して運ばせる。

  まずはピアノのふたを外し、脚3本とペダルの部分を外しトラックへ。そしていよいよ本体部分である。あの重い何百キロの塊を、実に原始的な形で〜肩と腰に太いベルトをくくりつけて〜身体を張って運ぶのである。

  ヨーロッパにはエレベーターのないアパートがまだまだたくさんあるし、あったとしても人が3人も入ったら精いっぱいというものが少なくない。ましてや階段も狭苦しいところがほとんどだから、小さいピアノでも通るのがやっとという有り様である。そこを大の男が2人だけで顔を真っ赤にして運んでゆく。

  わたしは十字を切らずにはいられなかった。クロトフィルさんといえばボスであるから、あと何段だぞとか角がぶつかるぞとか、注意らしきものを少々与えながら軽やかに歩いてゆく。

     
  秋雨の降るベルベデーレ宮殿(上宮)  
 
秋雨の降るベルベデーレ宮殿(上宮)
 
  ウィーンは音楽の都にふさわしく講習会なども頻繁にあり、ピアノ運送業は引っ張りだこらしい。目的地に向かうトラックの中でおしゃべりしていると、若者たちは船乗りで、航海のない時こうしてアルバイトをしているとのこと。毎日いくつものピアノを運ぶ生活をしていると、身体を早く悪くするという話を以前聞いたことがあるが、引っ越しなり演奏会の時なりこうしてその場に立ち会うと、いくらビジネスでやっていたとしても実にいたたまれない気持ちになる。チップというのは欧米特有のものであるが、こういう時は心から上げたくなるものだ。

  こうして新居にピアノも問題なく納まり、わたしの新しい生活も一歩を踏み出した。自分一人でできることなど本当に限られているなとあらためて思う。迷惑をかけまいと思っていても、お金を払ったとしても、人の助けや力、親切なしには生きてゆけない。ベートーベンの日記に、いつどこでお世話になるとも限らないから、どんな人にも優しくするようにと記されていたと聞いて笑っていたが、今はその言葉をあらためてへりくだって受け止めたい。わたしもそうあることが、少しでもできるように。

  今回の写真は秋雨の降るベルベデーレ宮殿の眺めをお届けしよう。ピアノを運ぶさまを写真に撮りたいと思いつつ、苦しそうな若者の表情にとてもカメラを向けられなかったから。

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