2007年 9月 16日 (日) 

       

■ 〈賢治の歌〉873 望月善次 星もなく漁り火もなく

 ほしもなくいざり火もなく
  きたかみの
  こよひは
  水の音のみすなり。
 
  〔現代語訳〕星もなく、漁火もなくて、今宵(こよい)の北上川は、ただ水の音だけがするのです。

  〔評釈〕「大正八年八月より」〔「歌稿〔B〕」〕四十五首中の二十一首目の「730歌」。「歌稿〔A〕」では、「漁火」・「北上」(当初は「北上川」と「川」の表記も)の漢字表記であった。中村明の比喩(ゆ)論を挙げるまでもなく、「非存在」の表明は、存在の否定のみでなく、そこにイメージは残るのである。だから、「ほしもなくいざり火もなく」を目にした読者は、一方では、星と漁火がないことを認識しながら、もう一方では、星や漁火のある北上川をもイメージし、その星や漁火がない「今宵の北上川」を思うのである。『新宮澤賢治語彙辞典』も「母なる流れ」(小沢俊郎)を引きながら「賢治作品に貫流する川」だとした、「北上川」の本質は、「水の音」なのかもしれないとも思わせる作品。
(岩手大学特任教授)

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