めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かな
紫式部
9月25日は中秋の名月だった。旧暦8月15日、古来一年で最も美しい十五夜と愛(め)でられてきた。この夜、私は車を運転して帰る道すがら、さやかな月光を追いながら百人一首の「月」の歌を口ずさんでみた。いくつ覚えているだろう。こんなとき、ひとりの運転席は気らくで、声をあげて読むのにちょうどいい。まっさきに口をついたのがこの歌、よく知られている紫式部の歌である。これにはウフッと笑える思い出がある。30年も昔、海辺の町に住んでいたころだった。末子を自転車のうしろに乗せて、よく買い物に行ったのだが、途中スナック風の店があった。その看板が鮮やかな紫色で、たてに白字で「めぐりあい」と書かれていた。
私はそこを通るとき、いつも紫式部を思い、この歌を口にした。「これはね、紫式部の、めぐりあいて…」と、毎回毎回言ったのである。自転車の荷台に乗せられていたのは三歳児。「またか」とも「あきた」とも言えず、母親の気のすむまで、えらく迷惑だったはず。あるとき、またそこを通ると「お母さん、くもがお月さんをくれたんだよね」と言ったものだ。「くもが くれにし」と聞こえていたのだろう。そんな幼児にわけのわからないものを唱えてと、親のつたなさを省みながらも、やっぱり条件反射式にそこに来ると私の「めぐりあい」はくり返された。
ちなみに、百人一首に「月」の歌は十一首ある。式部のこの歌は十五夜ではなく、「めぐり逢ひ」の相手は男性ではない。また結句は「月影」が正しいともいわれる。そして一千年余も昔の大河小説「源氏物語」には、本文を欠いた「雲隠」の巻に光源氏の死が暗示される。
不意に回想がはるかな過去に引き戻され、自分の頑迷さにいたたまれなくなってきた運転席に、「歎けとて月やはものを思はする」と、西行法師の月の歌がよみがえってきた。
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