2007年 10月 3日 (水) 

       

■  〈賢治の歌〉890 望月善次 輝けどこは春信の雪

 〔かゞやけどこは春信の雪なればわ
  がゑんどうのうらうら青み〕
 
  〔現代語訳〕輝いておりますけれど、これは(鈴木)春信の(浮世絵のような)雪ですので、私の豌豆(えんどう)も柔らかい日差しの中で青いのです。

  〔評釈〕「大正八年八月以降」〔歌稿〔A〕〕四十六首中の三十首目の「744歌」。「かゞやけど雪は晴間を□□ど青み□□のこの氷割りたり」(□部分判読不能)の上への推敲(すいこう)歌。「春信」は、浮世絵師の鈴木春信のことで、「春信の雪」については、「北上山地の春」〔『春と修羅 第二集』〕の先駆形「浮世絵 北上山地の春」にも「消え残りの春信の銀の雪から/燃える頬やうなじをひやしてゐます」の表現がある。「うらうら」は大伴家持の名歌「うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば」〔万葉集十九・4292〕にもあるように春の柔らかい日が差す。だから、「うらうら」は、豌豆の直接描写とするのは苦しいのだが、こうしたズラシもご存じの賢治好みの表現である。

(岩手大学特任教授)

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