2007年 10月 4日 (木) 

       

■  〈賢治の歌〉891 望月善次 朽ち残りし玉菜のくきを

 朽ちのこりし
  玉菜の茎を青ぞらに
  投げあげにつゝ
  春は來にけり。
 
  〔現代語訳〕腐って形をなくしかけている玉菜の茎を、青空に投げ上げながら春は来たのです。

  〔評釈〕「大正八年八月より」〔「歌稿〔B〕」〕四十五首中の三十六首目の「745歌」。「歌稿〔A〕」では、第三句から第四句にかけては「そら高くほうりあげつゝ」であった。なお、右下には「苔蒸れし土蔵の屋根は/やはらかき/古函古縄/青きすゞめの/かたびら」の書き込みがある。結句「春は來にけり」に何をもってするかが、作者の腕の見せどころであるのだが、「朽ちのこりし/玉菜の茎を青ぞらに/投げあげ」ることと結びつけて見せたのは(実際には、見たそのままの光景描写であったのかもしれないが)いかにも賢治らしい。なお、春の空に投げると言えば、木俣修の卒業式を歌った「行春(ゆくはる)をかなしみあへず若きらは黒き帽子を空に投げ上ぐ」〔『みちのく』〕も思われる。

  (岩手大学特任教授)

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