2007年 10月 6日 (土) 

       

■ 〈賢治の置土産〉25 岡澤敏男 めでたく御入営

 ■めでたく御入営

  東京での3週間の受講を終えて8月下旬ころ帰郷した嘉内は、12月1日に1年志願兵として駒場の近衛輜重兵(しちょうへい)大隊第2中隊に入営しました。

  賢治が化石化を懸念し受講にブレーキをかけた文部省所管の「青年指導者講習」に嘉内は迷うことなく参加しました。そして受講後、嘉内は1年志願兵として入営することを手紙で賢治に伝えたのでしょう。「あんなに破壊的な私の手紙にも乱れずあなたの道を進むといふあなたを尊敬します」(8月30日)と、賢治は嘉内の意思の強さにしゃっぽを脱いだのです。

  賢治は昨年(大正7)卒業期に父政次郎から徴兵検査逃れのために研究科に残ることを勧められた際に、父の意見に抵抗しつつも学校へとどまって徴兵検査を2年延期する考えに一度は傾いたことを思い出していました。

  結局は父の検査延期には反対して4月末に徴兵検査を受けたが第2乙種で兵役免除となりました。また12月1日には『アザリア』グループの河本義行も1年志願兵として郷里鳥取の歩兵第40連隊に入営したことを知って、賢治は忸怩(じくじ)たる思いにかられていたのでしょう。

  12月23日に賢治は「この度はめでたく御入営なさいまして深く御祝申し上げます」(嘉内宛書簡一五八)と葉書で祝辞を述べたが、それよりも、もっと言いたかったのはつづく後段の「私はすこしも変りません。そしてまたひどく流れて変つてゐます」というくだりだったのでしょう。

  変わっているのは嘉内や義行ばかりでなく『アザリア』の同人たちは卒業後、海外に雄飛していました。小菅健吉や中島慶助、纐纈熊雄は北米、鯉沼忍は満州の企業に進出していたのです。

  賢治は相変わらず古着屋の店番をしていたので「私はすこしも変らない」と告げたが、それは外見上のことで、賢治の内部では「ひどく流れて」変わろうとしていたのでした。

  嘉内に理解してほしかったのは、その「ひどく流れて」いる内部の動きだったのでしょう。その動きを明示してはいないが、葉書の末尾に「印刷物はできてきましたが今度はどうも配る気にはなりません」とあり、その「印刷物」に書かれた内容が〈内部の流れ〉を反映するものと憶測されます。

  「印刷物」とは「ちくま文庫『宮沢賢治全集』8巻」にある「手紙一、手紙二」を指すものでしょう。この手紙一、二はいずれも「不惜身命(ふしゃくしんみょう)」の仏教説話を素材にしたもので、古着屋の店番をして安穏に流れることを拒み、いよいよ法華経のために命を捧げる方向へと傾斜する動きであって、それが「ひどく流れて」変わったという意味に受け取れるのです。

  翌年(大正9)の嘉内への手紙に「私ハ自分ノ建テタ願デ苦シンデヰマシタ。今日私ハ改メテコノ願ヲ九識心王大菩薩即チ世界唯一ノ大導師日蓮上人ノ御前ニ捧ゲ奉リ大イニ大上人ノ御命ニ従ッテ起居決シテ御違背申シアゲナイ」(7月22日・書簡一六六)にその一端がうかがえます。

  この決心を邪魔する魔王波旬(はじゅん)や商主(しょうしゅ)と戦っていることをしばしば嘉内に便りしていたのです。

  波旬とは安穏であり商主とは父政次郎を指しているのでしょう。それは変化を求めて激しく流れる内部のマグマとみられなくありません。あるいは、その翌年(大正10)1月23日に行動した無断上京へ通じる流れだったのでしょう。


 ■除隊帰郷した嘉内への賢治の手紙(抜粋)

      (大正九年12月2日「書簡」一七七)

  「満一年芽出度く兵役をお勤めなされ最早御帰郷の次第とも存じますがいかゞでございますか。(中略)

  今度私は国柱会信行部に入会致しました。即ち最早私の身命は日蓮上人の御物です。従って今や私は田中智学先生の御命令の中に丈あるのです。謹んで此事を御知らせ致し恭しくあなたの御帰正を祈り奉ります。

  あまり突然で一寸びっくりなさったでせう。私は田中先生の御演説はあなたの何分の一も聞いてゐません。唯二十五分丈昨年聞きました。お訪ねした事も手紙を差し上げた事もありません。今度も本部事務所へ願ひ出て直ぐ許された迄であなたにはあまりあっけなく見えるかも知れません。然し日蓮聖人は妙法蓮華経の法体であらせられ田中先生は少くとも四十年来日蓮聖人と、心の上でお離れになった事がないのです。

  これは決して決して間違ひありません。即ち田中先生に妙法が実にはっきり働いているのを私は感じ私は信じ私は仰ぎ私は嘆じ今や日蓮聖人に従ひ奉る様に田中先生に絶対服従します。御命令さへあれば私はシベリアの凍原にも支那の内地にも参ります。乃至東京で国柱会館の下足番をも致します。(後略)」

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