2007年 10月 7日 (日) 

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉132 八重嶋勲 帰郷を希望するはもちろんなれど…

  ■187半紙 明治38年12月16日付

宛 東京市本郷区第一高等学校東寮四番
発 岩手県紫波郡彦部村
前略愈々壮健勤学之由先以テ大慶ニ存候、当方無異消光致居候、心安被下度候、陳ルハ申越之冬季休暇ヲ利用シ帰郷之事家族等モ待居、誠ニ壮途ナリト雖トモ老祖母達折角待居ル、実ニ見ルモ気毒ニ被思候、帰郷ハ希望スルハ勿論ナレ共凶作結果五円増額費消ニ困難之次第ニ候、又此冬期ニ帰郷セサレバ明年六月ノ外ナカルベシ、然ラハ待遠ノ事故食費ト旅費ト斗(計)算シテ増額ノ生セサル様之手段ハナキヤ、極経済ヲ斗(計)リ十八円位マテニシテ帰郷ノ工風(夫)ナキヤ、曽テ今送金セントスル十六円ハ来ル一月分ノ食費ナラン、然ラハ十日頃迄ノ食費ヲ引算シテ旅費ニ充ツル事得ベシ、如何ナリヤ、余者后便ト申残ス
   十二月十六日    野村長四郎
    野村長一殿
  (追伸)
普通米ノ四十五六駄賣却スルニ、本年十駄内外ノ事故生活上大打撃ヲ被リ、ドノ方面ニモ利足(息)上ケスル不能、勿論新債スル如キハ到底不出来体、又世間ニモ包ミ居ルハ最モ心苦シク今五円六円ノ金ハ当地ニテ普通ノ五六十円ニ位スル様ノ次第ニ候、諸新聞ヲ見ルニ凶作地出身ノ学生ニ特別ノ恩典アルヤノ事モ見受ケタル事モ有之、第一高ニハ無之モノニヤ、何カ学費ノ援助ヲミ呉ルゝ人其地ニナキモノニヤ、実ニ気毒ノ次第ナレ共何連ノ方法カ講スルニ非サレバ弥増困難ニ陥リ候、依テ帰郷等絶々待ツト雖ドモ篤ト費用ノ点ニ就キ思安相成度候、其計画アラハ至急返報セラルベシ
 
  【解説】「前略、いよいよ壮健勤学とのこと、まずもって大慶である。当方は無異消光であるので安心されたい。述べれば、申し越しの冬季休暇を利用して帰郷することは家族らも待っており、誠によいことである。老祖母たちも長一の帰りを折角待っており、実に見るも気の毒に思われるほどである。帰郷を希望するのはもちろんのことなれども、凶作のため5円の増額費消は困難である。しかし、この冬期に帰郷しなければ、来年の6月まで帰郷の機会がなく待ち遠しいことである。食費と旅費とを計算して増額にならないようにする手段はないものか。ごくごく経済を計り18円位までにして帰郷する工夫はできないものか。今送金しようとしている16円は来る1月分の食費である。しからば10日頃まで帰郷している分の食費を差引きして旅費に充ててはどうか、どうであろうか。余は後便に申し残す。

  (追伸)

  普通の年は、米を45、6駄売却しているのに、本年は10駄内外しか売却できない。これは生活上大打撃である。どの方面の利息すら払うこともできない。もちろん新しく借り受けることは到底不可能である。また世間には借財のあることを秘しているのでとても心苦しい。今5円、6円の金は当地では、普通の年の5、60円に匹敵するようである。諸新聞を見るに凶作地出身の学生に特別の恩典があるように見受けたことがある。第一高校にはこのような計らいはないものか。何か学費の援助をしてくれる人は、その地にいないものか。実に気の毒な次第であるが、なにかの方法を講じなければますます困難に陥る。よって帰郷はして欲しいが、その費用について篤と思安をしてもらいたい。その計画あれば至急返報するように」という内容。

  この手紙は、凶作のことのみを書いている。

  空前の大凶作。野村家では例年米を45、6駄(90俵〜92俵)売り上げていた農業収入、今年は大凶作のため10駄(20俵)内外で、4分の1以下の収入しかないという。そして恐慌である。

  冬季休業には、いつもなら必ず帰ってくるようにと、しつこいまでに父が要求していたのが、大凶作のため帰る汽車賃さえ金策出来ず、逆に帰郷することを拒んでいるのである。

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