桐の木の
ねがひはいともすなほなれば
恐らくは
青ぞらに聞かれなんぞ。
〔現代語訳〕桐の木の願いは、大変素直なので、恐らく、青空にきっと聞かれることでしょう。
〔評釈〕「大正八年八月より」〔「歌稿〔B〕」〕四十五首中の三十九首目の「749歌」。「歌稿〔A〕」では、結句が、当初は「青ぞらに聞かれなん」となっていたものに「ぞ。」が付け加えられ、「歌稿〔B〕」においてもそれを継承する。「桐の木のVSねがひ」、「桐の木のねがひVSすなほなれば」はいずれも結合比喩(ゆ)。こう表現された「ねがひ」の内容は何であるかを探りたい思いもあるが、今回は、短歌定型とのかかわりについてのみ記したい。先にも記したように、「歌稿〔A〕」で、「青ぞらに聞かれなん」となっていた結句に「ぞ。」を加えたわけであるが、これにより「恐らくは青(7)ぞらに聞かれなん(8)」と短歌定型内にあった表現は、通常の短歌定型を逸脱する。賢治は、「恐らくは」「青ぞらに聞かれなんぞ」を第四句・結句とし「短歌」としようとしたのだろうか。
(岩手大学特任教授)
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