2007年 10月 10日 (水) 

       

■  〈賢治の歌〉897 望月善次 うち揺らぐ波のヒ素鏡

 うちゆらぐ
  波の砒素鏡つくりつゝ
  くろけむりはきて船や行くらん。
 
  〔現代語訳〕揺らいでいる「波の砒素(ひそ)鏡」を作りながら、黒い煙を吐いて船は行くのでしょうか。

  〔評釈〕「大正八年八月より」〔「歌稿〔B〕」〕四十五首中の四十一首目の「753歌」。「砒素(ひそ)」は、原子番号33で元素記号Asにして猛毒〔『マイペディア』〕。金属光沢がある灰色結晶。「砒素鏡」は、「微量砒素含有物に、亜鉛と稀硫酸を加えて熱し、出て来る気体を細いガラス管に導き、その先端で点火し、磁製版またはガラス器具等に当てる砒素の真っ黒い鏡」となり生ずるのだという〔『新宮澤賢治語彙辞典』〕。「津軽海峡」〔『春と修羅』補遺〕にも「中学校の四年生のあのときの旅ならば/けむりは砒素鏡の影を波につくり/うしろへまっすぐに流れて行った。」とある。「波の砒素鏡」という結合比喩(ゆ)が短歌定型の中に入り切るかは、賢治短歌考察に欠かせない論点となろう。

(岩手大学特任教授)

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