30年ほど前のことである。ジャズピアノの巨匠、オスカ・ピーターソンのコンサートに行った。そのころ、僕は大阪の北新地のクラブでピアノトリオの仕事をしていた。
ピーターソンは、カナダ生まれの天才ピアニストで、若いころからジャズの本流で名声を博していたが、あまりにもそのテクニックが完璧(かんぺき)で僕はあまり好きではなかった。機械のように正確で、抜群のスイング感を出すのだが、つけいる隙(すき)がないという感じがしていたのだ。それでもコンサートに行こうと思ったのは、世界屈指のプレイを1度は見ておかなければという職業意識と、会場(フェステバルホール)がクラブから近かったからである。
会場は超満員、いよいよピーターソン・トリオの登場。ベースがレイ・ブラウン、ドラムがルイ・ヘイズ(だったと思う)で、それぞれが所定の位置についた。
ピーターソンは巨躯(く)だ。グランドピアノがセミグランドのように見える。そしてその日、彼が初めて弾いた音はシングルトーン(単音)で「トーン」と場内に響いた。その音を聴いたとき感動の戦慄(せんりつ)が走った。腕を振り下ろしたわけでもなく、手首を使ったわけでもないのに、ただ指の重さだけで出された音が、力強くそれでいてとても温かいのだ。
フレーズやスイング感以前に、単音の「音色」に圧倒されてしまった。これから10年、20年ピアノを続けてもあんな音は出せないのではないか。感動とあきらめのような複雑な気持ちをいだきながら、コンサート会場を後にしたのだった。
|