随縁真如
みまなこをひらけばひらくあめつち
にその七舌(しちぜつ)のかぎを得
たまふ。
〔現代語訳〕伝教大師が、その尊い目を開くと、開かないと言われていた真理の扉は開いたのです。伝教大師(最澄)は、あの「八舌(七舌)の鑰(かぎ)」を手に入れられたのです。
〔評釈〕「大正十四年四月」〔「歌稿〔B〕〕五十二首の二十二首目の「784歌」。「随縁真如」(真如=絶対の心理が、縁によってあらゆるものに現れること。/栗原敦・杉浦静編『新編 宮澤賢治歌集』)と題されたもの。「七舌(しちぜつ)のかぎ」が、なかなかの曲者。森荘已池は、「特に意味がないと考えられる。」〔『宮澤賢治歌集』〕とし、栗原・杉浦は、「南無妙法蓮華経の七字題目を仏教の秘門を解く鑰(かぎ)としたものか。」とするが、ここでは、ひとまず次のような小沢俊郎説に従うこととする。つまり、「根本中堂建立の際地中から得たもので、唐の天台山を訪れたところ、開かずの蔵と言われたものに試みたところ、見事に扉が開いたという。」という「延暦寺蔵八舌の鑰」なのだとした。
(岩手大学特任教授) |