2007年 11月 14日 (水) 

       

■  〈賢治の歌〉930 望月善次 暮れそめぬ、ふりさけみれば

 暮れそめぬふりさけみればみねちか
  き講堂あたりまたたく灯あり。
 
  〔現代語訳〕暮れ始めましたね。振り向いて見れば、峰の近い講堂近辺に明滅している灯がありますねぇ。

  〔評釈〕「大正十年四月」〔「歌稿〔B〕」〕五十二首の二十四首目の「786歌」で、「比叡」十二首の最終歌となっている。結句は、当初「なり」であったが、「な」を抹消して抽出の形。「暮れそめ」の「そめ」は「初め」で、始まるの意。「ふりさけ(振り放け)」の「サケ」は遠ざける意で、語全体としては、「振り向いて遠くをのぞむ意。」〔『岩波古語辞典』〕。伝記的事実に即して言えば、「夕方になり暮れかかる山路を八キロ、白川の里に降り、夜ようやく三条小橋の旅館布袋屋に入る。」〔『新校本全集十六(下)年譜編』〕となるから、その中途のどこかの光景となる。作品に即して言えば、話者の「ふりさけみれば」の視線に着目できるし、「ふりさけみれば」が古語である点も見逃せない。

  (岩手大学特任教授)

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