2007年 11月 15日 (木) 

       

■  〈賢治の歌〉931 望月善次 原敬と現じたまえば

  法隆寺
  摂政と現じたまへば十七ののりい
  かめしく國そだてます。
 
  〔現代語訳〕(聖徳太子は)摂政としてお姿を現されて、十七条の法令も威儀正しく、この国をお育てになられたのです。

  〔評釈〕「大正十年四月」〔「歌稿〔B〕〕五十二首の二十五首目の「787歌」で、「法隆寺」と題された四首の冒頭歌。「法隆寺」は、改めて言うまでもなく、607年聖徳太子(574〜622)が開いたと伝えられる寺。一首の中には、断りがないが、抽出歌も、聖徳太子について歌った作品。聖徳太子が、推古天皇の「摂政」として「冠位十二階」、「十七条憲法」にかかわったことも周知の通り。「十七ののり」は、その「十七条憲法」のこと。「いかめし」は、「厳(イカシ)」と同根。「外に内部のエネルギーが見えるさま。みるからに巨大で、角張り、盛んなさま。」〔『岩波古語辞典』〕。聖徳太子への讃美は、余りにも一直線で、評者などの感覚からすると、「恥ずかしくなる」ほどのもの。

(岩手大学特任教授)

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