2007年 11月 18日 (日) 

       

■ 〈胡堂の父からの手紙〉138 八重嶋勲 校友会雑誌の演説記事を諸士がたたえた

 ■195半紙 明治39年4月27日付

宛 東京市本郷区第一高等学校寄宿舎東
                寮四番
発 岩手県紫波郡彦部村
前略豫テ申込金額六円未タ不足ニ送金致置キ定メテ迷惑之事ナラント推察罷在候、毎度申述候通凶作ノ影響些少ノ金員モ他借スル事不容易、総テニ大節険(倹)ヲ加ヘラレ度候、最早月末ニモ相成事故十五、六円ノ金配ニ心痛罷在候、
五月一日靖國神社内ノ招魂祭ニ軍人遺族当彦部村ヨリ二、三人出京スル筈大巻ノ森田儀助(洲ヶ崎)佐比内村親類ノ代理ニテ来ル廿九日午后一時四十分日詰停車場出発シ、翌日上野ニ着スル筈ニ付、学校ノ方ニ支閊無之候ハヽ待受ケ便宜ヲ興ヘラレ可然候、学校ノ方不都合ニモ候ハヽ敢テ必ラス出迎ルノ限リニモ無之ルベシ、同人ハ廿四年火災后金員安利子無担保ニテ借受ケ、昨十月送金之場合モ十円借受ケ未タ返済モ不致恩人ニ候、外当地方彦部佐比内赤澤長岡日詰赤石等ヨリモ同行有之ヘク定メテ皆々喜ブ事ト被存候、彼等ノ宿所モ豫定シアルナランモ、何レモ無学初旅純粋ノ田舎人ナル故種々不弁(便)ナルコトノミ可有之候、併シ本人ニハ当方ヨリ一向話合不致候、時機ニ依リ取斗(計)ヘ(ヒ)可申候、
去月試験之成蹟(績)結果如何ナルカ聞及度候、
祖母ノ病気相変リタルコトモ無之候、人手ニテ起臥スルコト以前之通リ、全快ハ到底六ヶ敷コトナラント存居候、
先達ノ校友会雑誌ノ演説記事野村亀治方ニモ送リアリ処ノ諸士賞賛シツヽアリ、若シ演説速記ヲ書キタルモノアルニ於テハ送ラレタシ、次号雑誌出版相成タル時ハ送ラレタシ、右用事迄、早々
             野村長四郎
   野村長一殿
 
  【解説】「前略、かねて要求の金額のうち6円を不足に送金したのだが、きっと迷惑していることであろうと推察している。毎度申し述べているように、凶作の影響で些少の金員も他借することは容易でない。すべてに大節倹をするようにせよ。もはや月末にもなってきたので、例月の学資15、6円を工面しなければならず、心痛している。

  5月1日、靖國神社の招魂祭に軍人遺族が当彦部村から2、3人上京するはずである。大巻の森田儀助(洲ヶ崎(杉崎))、佐比内村の親類の代理で来る29日午後1時40分日詰停車場を出発し、翌日上野に着くはずである。学校の方に支障がなければ、待ち受けて便宜をはかってやるようにせよ。学校の方不都合であればあえて必らず出迎えよということではない。同人は明治24年の火災の後、金員を安利子、無担保で借り受け、昨10月に長一へ送金の時も10円借り受けいまだ返済もしていない。恩のある人である。外、当地方の彦部、佐比内、赤澤、長岡、日詰、赤石などからも同行があるので、長一が出迎えれば、きっと皆が喜ぶことと思う。彼らの宿所は予定しているだろうが、いずれも無学で初旅、純粋の田舎人であるので、種々不便なことのみだろう。しかし本人には当方から何も話しはしていない。時機を見て取り計いをしようとは思っている。

  去月の試験の結果、成績はどうだったか聞き及びたい。

  祖母の病気は変わったこともない。人手で起き臥しすることも前の通りで、全快は到底難しいことであろうと思っている。

  先だっての校友会雑誌の演説記事、野村亀治方にも送られてあり、諸士賞を讃えていた。もし演説速記を書いたものがあれば送ってもらいたい。次号雑誌が出版になった時も送られたい。右用事まで、早々」という内容。

  5月1日、靖國神社の招魂祭に軍人遺族が当彦部村から2、3人上京する。大巻の森田儀助(洲ヶ崎(杉崎))はじめ、佐比内、赤沢、長岡、日詰、赤石などの近村の人々が上京する。いずれも無学で初旅、純粋の田舎人であるので、種々不便なことのみだろう。上野停車場に出迎え、いろいろと世話をしてやるように、皆きっと喜ぶことだろう、と近村の人々に気を遣っているのも、彦部村村長父長四郎の心遣いであり、誇らかな心の現われである。

(岩手県歌人クラブ副会長兼事務局長)

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