2007年 12月 6日 (木) 

       

■  〈賢治の歌〉952 望月善次 ここはまた一群れの墓を

 ここはまた一むれの墓を被ひつゝ梢
  暗みどよむときはぎのもり。
 
  〔現代語訳〕ここはまた、一群の墓を被いながら、梢も暗く、大きな音を立てている常緑樹の森なのです。

  〔評釈〕「大正十年四月」〔「歌稿〔B〕〕五十二首中の四十六首目の「808歌」で、「東京」七首の四首目。連作中の一首として読むならば、「千住」(近く)で〔806歌〕、桜も咲いている所〔807歌〕となる。桜の華やかさに対照的な「梢暗みどよむときはぎのもり」であるから、冒頭の「ここはまた」が生きることになる。ところで「梢」の訓(よ)みは「こずえ」ではなく「うれ」であろう。「うれ」と訓んだ場合でさえ、第四句は「うれくらみどよむ」と八音となる。これでも字余りで、仮に「こずえ」と訓むと九音となってしまうからであろう。抽出歌を読んでいながら、もちろん、直接の関連はないのであるが、童話「二十六夜」の舞台である実相寺の林(花巻)を、つい連想してしまった。

(盛岡大学学長)

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